太田述正コラム#794(2005.7.16)
<欧州における歴史的瞬間(その9)>
(5)賞賛されたブレアと英国民
ア賞賛されたブレア
このテロ事件以降、ブレア首相の支持率はむしろ上昇し、政府のこれまでの対テロ施策に及第点をつける者が英国民の68%にも達しています(http://www.csmonitor.com/2005/0711/p07s01-woeu.html。7月11日アクセス)。
サミットに集まっていたG-8の首脳達は、ブッシュもシラクも含めて全面的なブレア支持を表明しましたし、英国の野党においても、対イラク戦争に反対している自由民主党の党首は無条件に事件後のブレアの対応を賞賛しましたし、保守党は、党首はもちろん、次の保守党党首の座を目指している陰の内相もいち早くブレアの対応支持を表明しました(注18)。
(注18)もっとも、今回のテロの結果、対イラク戦争是非論・・むしろテロの危険を増大させたのではないか等・・の論議が再び英政界で高まる可能性は出てきている。自由民主党党首やスコットランド党党首らが既に論戦を挑み始めている。(http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/4675613.stm、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/politics/4674913.stm(どちらも7月13日アクセス)
これらの賞賛・支持の嵐に対し、ブレアは威厳を持って頷いている感があり、どことなくエリザベス女王の物腰や言葉遣いに似てきた、とガーディアンが評しています。
対イラク戦争反対論者でブッシュ嫌いのリビングストーン・ロンドン市長まで、、今回のテロ実行者を大量虐殺者だと非難する一方で、ブレアに対して非難めいた発言を全くしていないことは、驚きをもって受け止められています。
(以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1525390,00.html(7月11日アクセス)、及びhttp://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1526594,00.html(7月12日アクセス)による。)
イ 賞賛された英国民
ロンドン市民、ひいては英国民の対応も世界から賞賛されています。
一例を挙げればスペインのマスコミです。
スペインのマスコミは、マドリード列車爆破事件の後何日にもわたってスペインの一般市民が一緒になって嘆き悲しみ、強固な連帯性を誇示し、怒りの表明を行ったというのに、今回の事件の後、英国人が殆ど感情を露わにすることなく、いつもと変わらぬ生活を続けたことについて、いささかとまどいつつも、英国民のこの対応を賞賛しています。
スペインのマスコミは、上記のようなスペイン人の対応(南欧人的対応と言い換えてもよい)は、そうでもしなければ、パニックに陥ってしまうからであるとした上で、英国人の市民的成熟性と民主的責任感に基づく常識的実際的対応を賞賛し、だからこそ英国はファシズムや共産主義と無縁であり続けることができた、と指摘しています。
(以上、http://www.guardian.co.uk/attackonlondon/story/0,16132,1526599,00.html(7月12日アクセス)による。)
こうした中、とんだ笑いものになったのが在英米軍です。
テロ事件の翌8日以降、安全上の懸念から、在英米海軍の一部と在英米空軍の全員(二基地計10,000人)にロンドン圏内への私的旅行を禁じたからです。
これに対し、英国民の中から、(何たる臆病と)嘲笑し、(せっかく自分達が平常心で対応しているのにと)怒る声が噴出したため、12日には上記措置は解除されました。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-usban13jul13,1,4107323,print.story?coll=la-headlines-world(7月13日アクセス)による。)
(6)再び毎日の記事について
以上から、先に例示的にご紹介した毎日新聞の記事の中でお二人が言われたことがいかに的はずれであったか、お分かりいただけたでしょうか。
要は、ソクラテスではありませんが、己の無知を知ることです。そして無知を勉強によってカバーし、その上で自分の見解を表明すべきであり、さもないと誤りを犯すことになる、ということです。
かく言う私としても、一層心したいと思います。
6 終わりに
いかがでしたか。
フランスにおけるEU憲法条約の国民投票での否決・EU首脳会談でのフランスの「敗北」・パリを破っての2012年オリンピックのロンドン開催決定・アルカーイダ系テロリストによるロンドン同時多発テロ、はいずれも、英国が先の大戦後の大英帝国瓦解のトラウマから完全に立ち直り、EUの文明論的覇者となるとともに、その英国の首相であるブレアがEUのリーダーになったことを象徴する一連の出来事であり、われわれは今まさに、欧州における歴史的瞬間に遭遇しているのです。
英国はいかなる意味でEUの文明論的覇者となったのでしょうか。
言うまでもなくそれは、アングロサクソン文明が欧州において最終的勝利を収めた、ということです。
またそれは、自由・民主主義/資本主義が欧州において完全に勝利した、ということでもあります。
欧州の側から言えば、欧州が生み出した民主主義的独裁の諸イデオロギーであるところの、ナショナリズム・共産主義・ファシズムやその蒙古斑をとどめる社会民主主義が、欧州において英国によって完全に息の根を止められた、ということです。
このことは間違いなく、英国のアングロサクソンの本家としての権威の回復にもつながるだろう、と私は思っています。
振り返ってみれば英国が、19世紀末から、キリスト教原理主義的で人種差別的であるできそこないのアングロサクソンたる米国に、まず経済力、次いで軍事力で凌駕され、先の大戦以後はその米国にアングロサクソンの盟主にして世界の覇権国たる地位を完全に奪われ、他方英国自らは社会民主主義に傾斜することによって、アングロサクソン文明は総体的に劣化しつつあった、と言えるのではないでしょうか。
しかし英国は、自由・民主主義/資本主義が託身(incarnate)したロンドンの金融センター(シティー)が社会民主主義に傾斜した英国の国内で経済特区化していた状況を改め、英国全体をシティー化することによって、すなわち、社会民主主義を廃棄し、脱国民国家性(transnationalism)と多文化性(multiculturism)というシティーの原理を英国全体に貫徹させることによって、シティーの繁栄を英国全体の繁栄へと広げることに成功したのです。
こうしてアングロサクソン文明は、本家の英国(イギリス)において、その本来の姿に復帰し、再生したのです。
英国がEUの盟主として、かつアングロサクソンの本家として、米国を善導してくれることは、われわれ非アングロサクソンとしても、歓迎すべきことでしょう。
もう一つ英国にわれわれが期待するのは、大英帝国の負の遺産(legacy)と言っても良い、アジア・アフリカ諸国が抱える諸矛盾の解消に、リーダーシップを発揮してくれることです。
かかる観点から、今次サミットでの地球温暖化問題とアフリカ等の貧困解消に向けての英国の意欲的な取り組みは大いに評価できます。
次に注目されるのは、ロンドン同時多発テロを受けての英国の対テロ戦争への取り組みです。
対外的には米国の乱暴かつ一国主義的なやり方にどれだけ掣肘を加えられるか、国内的には、自由と多文化主義の基本を維持しつつテロの規模・頻度の増大を食い止めることができるか、お手並み拝見と行きましょう。
(完)