太田述正コラム#803(2005.7.25)
<ロンドン自爆テロの衝撃(後日譚)(その1)>
(本篇は、7月23日に上梓しました。)
1 警官によるテロ容疑者射殺
(1)警官によるテロ容疑者射殺の波紋
ロンドンで二度目の同時多発テロ(ただし怪我人1人のみ)が起こった翌日の22日朝、ロンドン南部の地下鉄の駅(ストックウェル=Stockwell)で、新たに自爆テロを起こす可能性があると疑われた男が、警官によって射殺されました。
前日の同時多発テロもどきの関連で見張られていた家からこの男が出てきたので、警官達が尾行していたのですが、「反抗的で警官の指示に従わなかった」(警視総監)というのです。
目撃者の話を総合すると、野球帽をかぶって季節にそぐわぬ厚手のコートを着たパキスタン系とおぼしき大男を警官数名が取り囲んだが、その男は囲みを突破して地下鉄のドアから中に入った。追いついた警官らがその男を床に押し倒し、警官のうちの一名が拳銃(機関銃?)で男の頭を5回くらい撃って殺した、ということのようです。
英国の警察が史上初めて、確実に殺すことが目的で被疑者を撃った(shoot to kill)ということが、話題になっています(注1)。
(注1)英国の警官は、今でも原則拳銃を携行していない(典拠省略)ことを思い出して欲しい。なお、日本の警察もまれにshoot to killを行うことがあるが、現場に大幅な裁量権が与えられていることが判明したロンドンの今回のケースとは異なり、警察上層部の厳格な指示に基づいて行われる。
これを契機として、英国の警察にShoot to killを行うことを任務とする特別狙撃部隊(special armed squads)が存在することが広く知られるところとなりましたが、この部隊のための自爆テロ容疑者対処要領が策定されたのは、イスラエル・ロシア・米国の警察当局の意見も踏まえつつ何週間か前だったという説(FT)と、イスラエルの警察当局の協力の下で数年前だったいう説(ガーディアン)があります。
この出来事について、穏健なイスラム教団体である英国イスラム教評議会(Muslim Council of Britain)のスポークスマンは、「射殺されたのは、<監視カメラ写真が公開された>四人の同時多発テロもどきの被疑者の一人ではない、ということのようだ。となると、どうしてこの男は行動不能にされたり逮捕されたりすることなく射殺されたのか、が説明されなければならない。正当な理由があるのかもしれない。しかし、警察はその理由がいかなるものであるかを説明する必要がある。<英国の>イスラム教徒の間では不安が増大している。」と不快感を表明しました。
(以上、http://news.ft.com/cms/s/eef42738-fa78-11d9-a0f6-00000e2511c8.html、http://www.guardian.co.uk/attackonlondon/story/0,16132,1534753,00.html、http://www.guardian.co.uk/attackonlondon/story/0,16132,1534654,00.html(いずれも7月23日アクセス)による。)
(2)SASは昔からテロ容疑者射殺をやってきた
しかし、こんな発言が出てくるところに、英国のイスラム教徒達の英国認識の浅薄さが露呈しています。
拙著「防衛庁再生宣言」(日本評論社2001年)の次の一節(202頁)をお読み下さい。
「筆者のロンドン滞在中の1988年3月6日、手配中のIRA(アイルランド共和軍)の活動家3名(1名は女性)」が英領ジブラルタルに入り、車を降りたところでSAS(対テロ部隊)隊員達の待ち伏せを受け、射殺されるというショッキングな事件が起こった。彼らは車中に爆弾を仕掛けていると思われたのだが、爆弾はなく、一切武器も携行していなかったっことが後に判明した。にもかかわらず、このSASによる「処刑」は結局不問に付された。・・これ・・は実は意外でも何でもない。<英国をその典型とする>近代国家の最大の特徴は、国民等の自由・人権を憲法によって保障する立憲国家たるところにあるが、近代国家・・にあっても、国内外の敵に抗して自らの存続を図ること、すなわち安全保障が至上命題であることに変わりはない。その限りにおいて、物理的生存権を含め、人権が制限されるっことがあるのは、至極当然のこととされているからだ。」
このように、緊急事態においては、(アングロサクソンの誇る)法の支配を棚上げして全力で脅威を叩きつぶしてきたからこそ、英国を始めとするアングロサクソンの今日があること、そして今回のような、現場に大幅な裁量権を付与したshoot to killについては、英国にはいくらでも前例があり、それを警察がやったのが目新しいだけであることを、英国のイスラム教徒達は理解する必要があるのです。