太田述正コラム#806(2005.7.28)
<英国の「太平洋戦争」への思い(その2)>
(本篇は、7月25日深更に上梓しました。)
3 日本の都市への戦略爆撃
私が毎日見ている無償電子版の範囲では、東京大空襲については、英国のBBC(http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/4335101.stm。3月10日アクセス)が取り上げただけです。
また、原爆投下についても、英国では、ガーディアン(http://www.guardian.co.uk/life/science/story/0,12996,1521315,00.html(7月6日アクセス)及びhttp://www.guardian.co.uk/secondworldwar/story/0,14058,1532162,00.html(7月21日アクセス))と(ガーディアンの姉妹紙である)オブザーバー(http://observer.guardian.co.uk/international/story/0,6903,1535058,00.html、http://observer.guardian.co.uk/international/story/0,6903,1535059,00.html、http://observer.guardian.co.uk/international/story/0,6903,1535061,00.html(いずれも7月24日アクセス))、及びBBC(http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4689629.stm。7月18日アクセス)が取り上げているというのに、米国では、わずかにロサンゼルスタイムス(http://www.latimes.com/features/printedition/books/la-et-book1jul01,1,1648061,print.story?coll=la-headlines-bookreview。7月2日アクセス)が取り上げただけです(注6)。
(注6)ただし、TVや新聞ではなく雑誌だが、米タイム誌は、日本への戦略爆撃にも目配りした形で原爆投下特集を組んだ(http://www.time.com/time/magazine/printout/0,8816,1086168,00.html、http://www.time.com/time/magazine/printout/0,8816,1086174,00.html、http://www.time.com/time/magazine/printout/0,8816,1086166,00.html(いずれも7月25日アクセス)。
東京大空襲について米国のマスコミが全く取り上げなかったのはともかくとして、原爆投下について、英国を代表する(非経済)クオリティーペーパであるガーディアン/オブザーバーが取り上げたのに、(掲載したロサンゼルスタイムスにも掲載しなかったCSモニターには失礼かもしれないが、)NYタイムスとワシントンポストという米国を代表するクオリティーペーパー二紙が無償電子版で完黙を貫いたことを、われわれはどう考えれば良いのでしょうか。
米国のインテリは、東京大空襲等については、都市戦略爆撃の究極形態としてぎりぎり違法性が阻却されるが、原爆投下については、当時既に確立していた化学兵器禁止法理に照らし、違法である疑いが強いと考えており(注7)、原爆投下など思い出したくもない、ということではないでしょうか。
(注7)マクナマラ元米国防長官は、米国のインテリの中では例外的に、(原爆投下はもとより、)東京大空襲等日本への都市戦略爆撃全般が違法だ、という趣旨の発言をしている(コラム#122、123、213)。私もマクナマラと同意見であり、(原爆投下はもとより、)日本への都市戦略爆撃全般が、ニュルンベルグ裁判でナチスを裁いたところの「人道に対する罪」(非戦闘員に対して加えられた大量殺戮、奴隷的虐待、追放その他の非人道的行為)(http://www.yasukuni.or.jp/siryou/siryou4.html#10。7月25日アクセス)に該当すると考えている。
原爆投下については、広島で被爆したドイツ人のカトリック(イエズス会)神父達は、違法性阻却説を主張する者と違法説を主張する者に分かれ、両論併記の報告書を法王庁に送ったhttp://www.guardian.co.uk/secondworldwar/story/0,14058,1532162,00.html上掲)。ちなみに、法王庁は違法説を採択した(後述)。
他方、英国がドイツを対象とする都市戦略爆撃を米国と共同して研究し共同で実行に移し、その成果を米国が日本を対象とする都市戦略爆撃に生かした(典拠省略)のであるからして、英国にも日本への都市戦略爆撃に連帯責任がある上、日本への原爆投下についても英国はそれに同意した手前連帯責任がある(注8)ことから、これらの責任を直視し、逃げ隠れしない、ということであれば、英国のインテリは、米国のインテリよりよほど立派なものだ、とお世辞の一つも言いたい気になります。
(注8)1945年7月下旬に、ポツダムにトルーマン米大統領・チャーチル英首相・スターリンソ連首相の三首脳が集まり、対日ポツダム宣言を発したが、この時ポツダムで、7月24日、トルーマンとチャーチルが米英両軍の最高首脳を交えた会議を行い、日本への原爆投下を決定した(http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/4689629.stm上掲)。
しかし、果たしてそうなのでしょうか。
日本の都市戦略爆撃は米国が単独で企画し、実行したものであるし、原爆投下についても、原爆を開発したのは米国であって、その米国が既に決定していた原爆投下方針を英国は追認しただけのことであり、原爆投下の責任は大方米国が負うべきでしょう。従って、英国の責任は小さいはずです。ですから英国人が、日本への都市戦略爆撃や、特に原爆投下を論ずることは、間接的な米国批判を意味します。つまりは英国のインテリ達は、あらゆる機会をとらえて、戦後英国から金融覇権を奪った米国に隠微な意趣返しをしている(コラム#506)、ということではないのでしょうか。
しかも、日本への原爆投下(や都市戦略爆撃一般)に対する日本人の批判が少しでも対英批判に及んだ場合のことを慮り、日本軍による捕虜虐待を持ち出して批判しておくことで先手を打って相殺を図る、という用意周到ぶりです。
まことに英国のインテリは食えませんね。
4 最後に
最後に、銘記すべき事実を列記して、本稿を終えることにします。
B-29による焼夷弾を使った日本の66都市の戦略爆撃による死者は、東京大空襲の約10万人を含む約90万人にのぼる(http://www.time.com/time/magazine/printout/0,8816,1086166,00.html上掲)。
広島と長崎への原爆投下による死者数は、1945年末までで約21万人にのぼる(http://www.bun.kyoto-u.ac.jp/phisci/Newsletters/newslet_29.html。7月25日アクセス)
「私は原爆を兵器だと考えており、それが使用されなければならないことについていささかたりとも疑問を抱かなかった。」(トルーマン米大統領)、「原爆を使わない方策を考えるべきだとの助言など一切耳にしたことはない。」(チャーチル英首相)(以上上掲)、「私は一貫して日本への原爆投下を非難してきた。しかし、この悲劇的な(fateful)決定を妨げることは全く私の力の及ばないところだった。」(原爆開発をローズベルト米大統領に進言したアインシュタイン)(http://www.guardian.co.uk/life/science/story/0,12996,1521315,00.html上掲)
広島に原爆が投下された後、法王庁の機関紙L’Osservatore Romanaは、レオナルド・ダ・ヴィンチ(Leonardo da Vinci)が自分の考案した潜水艦が悪用されることを恐れ、あえてその詳細を記さなかったことに言及しつつ、科学者が結果を顧慮せずに知的好奇心を追求することを批判し、原爆投下を非難した(ロサンゼルスタイムス前掲)。
(完)