太田述正コラム#807(2005.7.29)
<生殖・セックス・オルガスム(その4)>
(本篇は、コラム#798の続きであり、7月26日に上梓しました。)
6 セックスレス時代へ
2000年のデータでは、日本の25歳から29歳までの男性の70%、女性の54%は結婚していません。しかも、依然婚外子に対する強い偏見が日本の社会にはあります。これでは少子化が進行するはずです。
しかし、日本の少子化の原因はそれだけではありません。
日本の既婚女性の26%が夫と過去一年間全くセックスをしていない、というデータがあります。日本人の離婚率は過去10年で二倍近くに増えていますが、その原因の多くは、昔のように夫の浮気ではなく、妻の夫に対する性的不満です。
配偶者とセックスレスであっても、夫の方は、オルガスムを得る手段はポルノとかセックス産業とかいくらでもあるのに対し、妻の方は、仮にオルガスムを求めた場合、これを得る手段がないだけに切実です。
このため、悩みを抱える妻の相談を受けたセックスカウンセラーが、有志の男性をセックスフレンドとして斡旋するケース・・ホテル代は両者で折半する・・まで報じられています。
(以上、http://www.guardian.co.uk/japan/story/0,7369,1451704,00.html(4月4日アクセス)による。)
独身男性の多くにも問題が見られます。
秋葉原のコスプレ喫茶に集うオタクこそ現在の日本の独身男性を象徴する存在です。
彼らオタクが萌え市場で使うカネは26億ドル相当にも達しているという推計があり、オタクはそれなりに日本経済に貢献しています。
問題なのは、彼らはマンガやパソコンゲームの世界でバーチュアルに美少女と恋愛し、セックスを行うだけで、ホンモノの女性と交際したりセックスをしたりすることはもとより、女性に声をかけることすら苦手だということです。
(以上、http://www.guardian.co.uk/japan/story/0,7369,1529706,00.html(7月16日アクセス)による。)
以上から、今や日本にセックスレス時代が到来していることが良く分かります。
日本にこのようにセックスレス時代が到来した背景としては、以前(コラム#276で)申し上げたように、日本の男女の中性化、すなわち性的・暴力的エネルギーの低下があり、更にその原因として、日本が弥生モードから縄文モードに切り替わって久しい上に吉田ドクトリンを墨守してきたために日本が半世紀以上にわたって意識の上でも実態においても平和であったことが挙げられます(注15)。
(注15)「吉田ドクトリン」と「縄文モード・弥生モード」(私の造語)は、「アングロサクソン文明・欧州文明」とともに、私のコラムを貫くキーワードであり、ぜひともコラム#276等を読んで、これらキーワードの意味をしっかり把握していただきたい。
セックスレス時代が到来している以上、政府がこれまでと異なる全く新たな発想に立って強力な手段を講じない限り、日本の少子化はとどまることなく進行し、早晩日本が世界一の少子社会になるのは必定でしょう。
セックスレス時代が到来したのは、今のところ世界で日本だけです(注16)が、平和の普及・普遍化に伴い、今後世界中の国々において、性的・暴力的エネルギーが低下して行くことが予想されるのであって、良かれ悪しかれこの点で、日本は世界の趨勢の先取りをしている、と私は考えています。
(注16)セックスレス社会日本を取り上げたガーディアン・・つまりは英国人・・の目のつけ所はすごい、と思います。
7 結論
以上見てきたように、イギリスの結婚制度に発する近代婚姻制度は、最新の性科学が明らかにした男女の性的不均衡を踏まえた、極めて合理的な制度であり、その極限形態が戦後の米国に発する夫婦役割分担制(専業主婦制)ですが、膂力が仕事に要求されないようになって女性が社会進出を果たし、更に女性が男性より優位に立つ社会が見えてくるとともに、夫婦役割分担制、ひいては近代婚姻制度そのものが崩壊し始めています。
そして近代婚姻制度が崩壊した時代においては、オルガスムを自分だけであるいは同性または異性の他人の手を借りて求めるか否か、同性または異性とセックスをするか否か、(異性と)生殖活動をするかどうか、生殖活動をしないであるいは生殖活動をした上に養子をもらうかどうか、結婚生活を同性または異性と行うかどうか、結婚生活を行うとして事実婚にとどめるかどうか、等が完全に男女個々人の自由に委ねられることとなることでしょう。
つまり、これからの時代においては、生殖・セックス・オルガスムが完全にオプショナルになるだろう、ということです。そして、英国・米国・日本が、それぞれ異なった切り口からこの時代を切り開きつつあることを見てきました。
その中で、最も先端を走っていると私が思っているのが、セックスレス時代が到来した日本なのです。
最後に、イギリスの結婚制度すなわち近代婚姻制度ならぬ、前近代的婚姻制度とはいかなるものであるか、そして、第三世界の大部分がいまだにこの前近代的婚姻制度の下にあることが、いかなる問題を現代の世界で引き起こしているかを論じて、本シリーズを終えることにしたいと思います。
(続く)