太田述正コラム#8232005.8.14

<酷暑旅行記(その2)>

2 愛・地球博

 (1)始めに

 10日の後半の半日、11日は夕刻までの丸一日、12日は前半の半日、愛・地球博を見学しました。

 私にとっては、1958年のベルギーのブリュッセル万博、1970年の大阪での日本万国博覧会に次ぐ三回目の万博見学(注2)でしたし、小5の息子にとっては最初の万博見学でした。

 (注2)ブリュッセル博は、先の大戦での18年間の中断の後、戦後初めて開催された万国博覧会(International Exhibition)であり、大阪博は、ご存じの通り、日本で開催された最初の万博だ。(オリンピックと同じケースだが、1940年に日本最初の万博が東京と横浜を舞台に開催されるはずだったが、戦争で中止になっている。)

     また、大阪博と今回の万博の間に、1975年の沖縄国際海洋博覧会、1985年の筑波での国際科学技術博覧会、1990年の大阪での国際花と緑の博覧会、と三回のテーマ博が日本で開催されている。

 (2)感想

 息子の感想は、今回の旅行の訪問先の中で、万博は、(彼にとっては昨年に初見学し、今回で二回目の)東大寺に次いでよかった、というものです。

 リニモやキッコロとモリゾーのゴンドラに乗ってご機嫌だったせいか、ちょっぴり甘い採点です。

 私の感想はもっと厳しいものです。

 感想の第一は、ブリュッセル博のアトミウム(多数の球を円柱でつないだ巨大構築物。中に入れた)や大阪博の、岡本太郎による太陽の塔、に相当するモニュメントが愛・地球博にはないのは、企画上の最大の手落ちではないか、というものです。

 ちなみに、第一回目の万博である1851年のロンドン博の時のモニュメントは、全館がガラスでできたクリスタル・パレスでした。このクリスタル・パレスは会場のハイド・パークからロンドン南部の公園に移設され、現在でも健在だし、1889年のパリ万博の時のモニュメントであるエッフェル塔は、現在でもパリ、ひいてはフランスのシンボルとして生き続けています。

 (以上、事実関係の大部分は、http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hakurankai/banpaku.html及びhttp://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/hakurankai/nihon.html(どちらも8月14日アクセス)による。)

 私の感想の第二は、今回の万博の「自然の叡智」というメインテーマは、「二以上の国が参加した、公衆の教育を主たる目的とする催しであって、文明の必要とするものに応ずるために人類が利用することのできる手段又は人類の活動の一若しくは二以上の部門において達成された進歩若しくはそれらの部門における将来の展望を示すもの」(国際博覧会条約。外務省サイト上掲)、平たく言えば、文明の到達点と将来展望の展示、という万博の本来の姿に照らして無理がある、というものです。

 無理があるからこそ、展示内容を文字通りの狭義の「自然の叡智」にしぼった英国館のように、(現物のイングリッシュガーデンの展示を除けば、)英国の現在及び将来が全く分からないどころか、どこの国の展示かすら判然としないパビリオンや、中国館のように、展示内容を過去の支那(自然と共生していた頃の支那?)にしぼり、どこの国の展示かは明らかであるものの、やはり支那の現在及び将来が全く分からないパビリオン、更には、即売会を兼ねた民芸品の展示や観光案内でお茶を濁した「小国」のパビリオン群(もっともこの点はいつの万博でも同じか)、などが立ち並んだと考えられます(注3)。

 (注3)ただし、次回の万博は2010年に上海で開催されることから、上海博のPR映画が中国館で上映されており、上海(支那)の現在と将来は紹介されていた。

いや、外国のパビリオンを論じるまでもなく、主催国の日本関係のパビリオン(ただし企業館以外)での展示や出し物も、(会場周辺の自然を紹介した瀬戸愛知県館を除けば、)カネがかかっていることはよく分かるものの、「何を言いたいのかさっぱり分からない」(息子)代物ばかりでした。

一般の観衆もさぞかし、何の脈絡もない展示が並んでいる、という印象を抱いていることでしょう。

 上記外務省サイトは、今回の万博に関し、「交通手段やIT技術の発達によって地球は狭くなったと言われています。そうした中で、「万博の意義」というものも問われるようになってきました。毎回万博が計画されるたびに「費用対効果」の問題点も指摘されます。今回2005年に日本で開かれる国際博覧会には、どうぞ皆さんも会場に足を運んで、そして今の時代における「国際博覧会」について考えてみて頂けないでしょうか。」という、良く言えば役所の公式サイトとしては出色の率直な問題提起、悪く言えば犬猿の仲である経産省所管のイベントに対する底意地の悪いこきおろし、が掲げられています。

私自身、メインテーマを設定しようと設定しまいと、またいかなるメインテーマを設定しようと、「費用対効果」を論じるまでもなく、「万博の意義」はもはやなくなった、と思いつつ万博会場を後にしました(注4)。

 (注4)一つだけ良かったことがある。一挙に各国料理を食べることができたことだ。われわれは、イタリア・トルコ・エジプト・アフリカ・ネパール料理に舌鼓を打った。考えてみれば、各国料理テーマパークがあってもいいのではないか。

(続く)