太田述正コラム#8302005.8.21

<原爆投下と終戦(追補)(その1)>

1 始めに

 原爆投下60周年前後の仏米英のメディアの論調をご紹介し、それぞれに私の簡単なコメントを加えたいと思います(注1)。

 (注1)私の休暇中に記事・論説集めをしてくださった読者お二方に改めて御礼を申し上げる。私が本篇で引用する記事・論説以外にお気づきの記事・論説があれば、お教えいただきたい。

2 仏米英のメディアの論調

 (1)フランス

私はフランスのメディアを参照することはないのですが、たまたま台北タイムスがフランスの通信社であるAFPの記事を転載していたので、ご紹介しておきたいと思います。

この記事は、終戦時の海軍大臣であった米内光政が、広島及び長崎への原爆投下及びソ連参戦直後に、「このような言い方は必ずしも適切ではないかもしれないが、原爆投下とソ連参戦は、ある意味では天の配剤(God’s gifts)だ。これで、国内情勢のゆえに戦争を終えなければならないことに言及せずして戦争を終えることができる。私はかねてより戦争を終えなければならないと主張してきた。これは、敵の攻撃や原爆投下やソ連参戦を恐れたからではない。私が最も憂慮しているのは国内情勢<・・戦況が不利になってから天皇や日本政府に対する国民の反感が募ってきている・・>なのだ。」(<>内はAFP記事の解説部分)と語ったことが最近明らかになったというのです(http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2005/08/07/2003266728。8月10日アクセス)。

この記事が、Hasegawaの本(コラム#819?821)への反論を意図したものであるのかどうかは定かではありませんが、米内発言の典拠が明確ではなく、また、戦争末期に近衛文麿らが、早期に終戦にもちこまないと日本に共産革命が起こりかねない、という杞憂を抱いていた、という事実はある(典拠失念)ものの、これは、原爆投下ではなく、(共産主義勢力たる)ソ連参戦こそ日本政府に終戦を決断させたとのHasegawaの主張を補強する事実以外のなにものでもありません。

ですから、この記事の正確性を疑わざるを得ないし、そもそもこの記事が、何を言いたいのかもよく分かりません。

やはり、フランスのメディアは参照するに値しないようです。

(2)米国

  ア ワシントンポスト

米国のメディアでは、ワシントンポストが最もまともです。

8月6日付の記事(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/08/05/AR2005080501648.html。8月13日アクセス)では、原爆投下については、これを是とする者は、支那人に対してひどいことをしたり、米兵捕虜をバターン死の行進で多数死に追いやったりした「悪い」日本(注2)の降伏を早め、多くの人命を救ったと主張しているのに対し、これを非とする者は、米国は明白な人道に対する罪を犯したと主張していると指摘した上で、広島・長崎の状況を含めた終戦直後の日本を米国が撮影したカラー記録映画を紹介しつつ、この記録映画を撮ったハリウッドの人々も、当時できたばかりだった米空軍省も、原爆投下により多数の女性や子供が亡くなったことに罪悪感を抱いていた、と結んでいます。

(注2)いわゆるバターン死の行進については、米側の完全な言いがかりであることがはっきりしている(http://www.jiyuu-shikan.org/faq/asia/bataan.html。8月20日アクセス)。支那人に対して云々については、支那の民間人に対する違法行為が、日本軍によって組織的に行われた例は「殆ど」ない、と言える。機会があれば、どちらもコラムで取り上げたい

この記事は、当時の米国の指導層が、原爆投下の違法性を認識していたことを示している点で重要です。

また、7日付の記事(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/08/06/AR2005080600850.html。8月13日アクセス)では、先般実施された日米における世論調査の結果、日本人の75%が原爆投下は不必要だったと今でも考えているのに対し、米国人の68%が原爆投下は不可避だったと考えていることが分かった、とした上で、日米の和解の必要性を訴えています。

まことに格調の高い記事だ、と言っておきましょう。

ただ、この記事が、米側の原爆投下関係者の一人に、原爆投下は日本の降伏を早めるという意義があったし、日本が真珠湾を奇襲攻撃したり(注3)支那人に対しひどいことをしたりした以上、原爆投下について日本側が謝罪要求することはおこがましい、と言わせ、他方で日本側の原爆被害者の一人に、日本の降伏を早めたことは事実だとしても、やはり原爆投下は許せない、と言わせていることは、あたかも原爆投下が日本の降伏を早めたことが日米双方とも認める史実であるかのごとき誤解を米国の読者に与えかねず、問題です。

(注3)既に語り尽くされている感のある話なので、立ち入らない。

Hesegawa の本は、まさにこの神話を粉砕したのであり、やがて米国人一般にそのことが知れ渡った暁に、上記世論調査を再度実施すれば、日本人側の数字に米国人側の数字も収斂した形の結果が出ることもあながち夢ではありますまい。

いずれにせよ私が言いたいのは、米側が原爆投下の違法性と無意義性を自覚することなくして、日米間の和解など到底ありえない、ということです。