太田述正コラム#838(2005.8.28)
<米国に吸い込まれつつあるメキシコ>
(本篇は、8月26日に上梓しました。)
1 始めに
メキシコで大変なことが起こっています。
それは一言で言えば、「親米に舵を切ったメキシコ」が「米国に吸い込まれつつある」、ということです。
2 親米に舵を切ったメキシコ
NAFTA(North American Free Trade Agreement。米国、カナダ、メキシコ3国間の自由貿易協定)が1992年に調印され、1994年に発効し、1993年から2004年までに、米国からメキシコへの輸出額は約166%増(輸出額全体は約76%増)、米国のメキシコからの輸入額は約290%増(輸入額全体は約153%増)、とメキシコと米国の経済関係は密接化してきています(http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/keizai/nafta.html。8月26日アクセス)。
また、1929年以来71年間に及んだ単一政党(Revolutionary Institutional Party=PRI)支配を打ち破って2000年12月にメキシコ大統領に就任したフォックス(Vicente Fox。1942年?)(注1)は、米墨戦争(1846?48年。コラム#622)にまで遡ることができる筋金入りのメキシコの嫌米的姿勢を改めるとともに、自由・民主主義を擁護する姿勢を打ち出し、現在に至っています。
(注1)フォックスの父親はアイルランド系で母親はスペイン人。かつて米コカ・コーラ社のラテンアメリカ総支配人を務める。フォックスは、2000年に大統領候補になる直前まで、大学を卒業していなかった。また、大統領就任後の2002年に、自分の広報担当官であった女性と結婚している。(http://en.wikipedia.org/wiki/Vicente_Fox。8月26日アクセス)
つまり、メキシコは経済も政治も全面的に親米に舵を切ったわけです。
その結果として、ラテンアメリカ全体を眺めると、一貫して共産主義体制下にあるキューバを別格として、ブラジル・アルゼンチン・エクアドル・ボリビア・ベネズエラが次々に左傾化する中で、メキシコはすっかり浮き上がった存在になってしまいました。
このことを象徴する出来事が、昨年5月から7月にかけてのメキシコとキューバ両国の大使相互引き揚げ事件です(注2)。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.csmonitor.com/2004/0505/p01s02-woam.html(2004年5月5日アクセス)による。なお、メキシコ・キューバの対し相互引き揚げについては、http://english.people.com.cn/200407/26/eng20040726_150847.html(8月26日アクセス)も参照した。)
(注2)メキシコとキューバは、半世紀近く前に、メキシコがカストロの政治亡命を受け入れ、カストロによるキューバ革命の成就を支援して以来、極めて密接なものがあり、キューバ革命以降の米国の対キューバ経済封鎖にもかかわらず、メキシコはキューバへの経済支援を続けてきた。にもかかわらず、こんなことになったのは、直接のきっかけはともかくとして、2002年にメキシコが国連人権委員会でキューバの人権状況を避難する決議案に賛成票を投じ始め、昨年の投票ではついに一票差でこの決議が通ってしまったことが背景にあった。
3 米国に吸い込まれつつあるメキシコ
ところが、親米に舵を切ったメキシコで、従来にも増して米国居住熱が高まっています。
1億600万人のメキシコの人口の半分は貧困ライン以下の生活を送っています。
しかし、フォックス大統領は「改革」で殆ど成果を挙げられないまま、2006年の任期切れ(再選は憲法上できない)を迎えようとしていますし、三つの主要政党は中がバラバラであるだけでなくお互いの妥協ができない、ときています。しかも、メキシコはなまじ若干石油が出るだけに、メキシコ人は、財政は石油収入でやりくりするのが当然だと思っており、税金をまともに払っていない状況が改められないままです。
このようなメキシコで最近実施された世論調査によれば、メキシコ人10人のうち4人以上が米国に住みたいと考えており、5人の内1人がそのためには危険な不法国境越えを行うこともやぶさかではないとしており、大卒者でさえ、3人に1人が米国に住みたいと思っています。
そして実際に、約100万人のメキシコ人が毎年米国に流出しています。
その結果、メキシコ生まれの成人の実に8人に1人が米国に住んでおり、メキシコの州の中には人口の半分が米国に行ってしまったような所まで出現しています(注3)。(http://www.csmonitor.com/2004/1008/p07s01-woam.html。2004年10月8日アクセス)
(注3)このため、メキシコ各地で労働力不足が深刻化しており、このような地域をめがけて、メキシコ全土から原住民系の人々の出稼ぎや国内移住が行われるに至っている。出稼ぎ・移住先で深刻な社会問題が発生していることは想像に難くないだろう(http://www.csmonitor.com/2004/1008/p07s01-woam.html上掲)。
また、メキシコの経済は、推定年間160億ドルの米国在住メキシコ人からの仕送りがなければたち行かなくなっている。
要するにメキシコ人のほとんどが、自分達の国の政治や経済の状態に愛想をつかし、国を捨てつつあるわけです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.csmonitor.com/2005/0824/p08s02-comv.html(8月24日アクセス)による。)
これではもはや、メキシコは国家の体をなしておらず、米国という巨大なブラックホールに吸い込まれつつ、滅亡に向かっている、と言っても決して大げさではないでしょう。