太田述正コラム#856(2005.9.8)
<イラク戦争の前例探し(その4)>
6月21日付のワシントンポストと9月1日付のBBCは、イラク戦争(注6)とベトナム戦争(1964?72年)(注7)の類似性を指摘しています。
(注6) イラク戦争とは本来、2003年の開戦からフセイン政権打倒までの米軍側の勝利で終わった戦争を指す。それ以降イラクで米軍等が行っているのは平和維持活動(PKO)であって敵も異なるので別物だが、このシリーズでは便宜上、イラク戦争という言葉で両者を一括りにしている。
(注7)南ベトナムと北ベトナムの戦いととらえると、ベトナム戦争は、1957?1975年だが、米軍の作戦部隊の参戦期間という観点からは、1964?72年となる。ちなみに、米海軍作戦部隊の参戦は1964年から、米空軍作戦部隊及び陸軍作戦部隊の参戦は1965年からだ。(http://en.wikipedia.org/wiki/Vietnam_War。9月6日アクセス)
なお、ベトナム戦争については、取り上げた回数が余りに多いので、参照先のコラムは挙げない。
これらの報道から、二つの戦争の類似点を順不同で列挙すると以下のとおりです。
a 米国の世論のイラク戦争に関する推移は、朝鮮戦争の時やベトナム戦争の時の、最初の二年間は戦争を強く支持するけれど、それ以降は支持が下降線をたどった推移と同じだ。
b イラク戦争開戦の際の大義も、ベトナム戦争の最大のエスカレーション(米軍部隊の参戦)の際の大義も、誤った口実にほかならなかった。
c どちらも一握りのエリート達と地政学的戦略家が推進した。
d どちらも敵の火力が、米軍に比べて著しく劣っていた。
e どちらも、戦死者の数が増えてくると、戦争支持者の中から、撤退するのは戦死者の犠牲を無にするものだ、という声が挙がった。
f イラクで治安部隊を整備して米軍の肩代わりをさせようとしていることは、ベトナム戦争の時のベトナム化政策(Vietnamization)と同じだ。(ベトナム化政策は結局失敗した。)
g イラク戦争ではアラビア語ができる米軍兵士は殆どいなかったが、ベトナム戦争の時もベトナム語ができる米軍兵士は殆どいなかった。
h どちらも、米国の指導者が言っていることと、TV画面に映し出される現実との間に乖離があり、それが指導者に対する不信を呼んだ。
i どちらも、基本的には非正規戦を行う相手との戦いだった。
j どちらの場合も、米軍の規律に問題があった(注8)。
(注8)イラク戦争ではアブグレイブ収容者虐待事件(コラム#363?367、370、382?384)があり、ベトナム戦争では、ミライでの住民虐殺事件(コラム#68、382)があった。
もっとも、違う点がないわけではないことも指摘されています。
a イラク戦争での米軍兵力はベトナム戦争の時の米軍兵力の三分の一程度に過ぎない。
b 兵力当たりの死者発生率は、イラク戦争の方がベトナム戦争の時(実質8年強で58,000人)よりはるかに少ない。
c 米国は、イラク戦争では米軍の早期撤退を意図しているが、ベトナム戦争の時は、米軍を長期にわたって駐留させようと考えていた。
d イラク戦争の方が、ベトナム戦争に比べて、目的がより明確であり、米国内での支持がより高く、相手国内での支持もより高い。
e (暑い点では同じだが、)イラク戦争は湿気の低い環境で戦われているのに対し、ベトナム戦争は湿気の高い環境で戦われた。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/blog/2005/06/21/BL2005062100755_pf.html(6月22日アクセス)、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/4202186.stm(9月2日アクセス)による。)
以上からすると、イラク戦争とベトナム戦争は実によく似ている、と言えそうです。
しかし、仮に似ているとしても、だからイラク戦争でも米国は敗北する、という結論になるわけでは必ずしもありません。
なぜなら、(比較的最近有力説化したことですが、)ベトナム戦争では米軍は勝利を収める寸前に、米国内の事情で米軍撤退を余儀なくされ、涙を飲んだ、というのが真相(コラム#619)だからです。
ですから、ワシントンポストとBBCの上記報道が、イラク戦争とベトナム戦争の類似性を指摘して、イラク戦争での米軍敗退の可能性を示唆しているのはいささか短絡的です。
ベトナム戦争の先例に照らせば、米国世論さえ戦争反対にふれない限り、米軍は勝利する、ということになるはずだからです。
(完)