太田述正コラム#10546(2019.5.10)
<映画評論62:オーケストラ!>(2019.7.29公開)
1 始めに
引き続き、昨日は、かつて、短い予告編を何度かTVで見たことがある表記をAmazon Primeで鑑賞しました。
A:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B1%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9!
B:https://en.wikipedia.org/wiki/Le_Concert
御伽噺的喜劇の失敗作に近い佳作、といったところでした。
ただ、終わり近くのクライマックスでのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏は文句なしに素晴らしかったですね。
少し調べた限りでは、その(実際の)指揮者やヴァイオリン奏者やオケを突き止めることができませんでしたが・・。
その印象が強すぎたのでしょう、この映画がセザール賞の作曲賞(Best Original Music)と音楽賞(Best Sound)をとっていて、上記以外にも27の曲が使われていて、その中に Armand Amar作曲のものも多数含まれている(B)ことには殆ど気が付きませんでした。
さて、この映画、『オーケストラ!』(Le Concert)は、2009年のフランス映画ではあるのですが、舞台の半分はモスクワ(ロシア)(半分がパリ(フランス))ですし、<主演2人は男がロシアで俳優業を始めたポーランド人〉で《女がユダヤ系フランス人》、また、主要登場人物の多くがロシア人役の他はユダヤ人役やジプシー役を演じており、かつまた監督はルーマニア生まれで[成人後フランスにやってきて映画の高等教育を受けた]フランス人であって、封切りがフランスよりもロシアの方が早かった、ことから、無国籍映画ならぬ、(広義の)欧州映画、と言うべきでしょう。(A、B)
そのせいかどうかは知りませんが、この映画の仏語ウィキペディアは英語のよりも簡単で、使い物になりませんでした。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Le_Concert_(film)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AC%E3%82%AF%E3%82%BB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B0%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%B3%E3%83%96 (<>内)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%B3 (《》内)
https://en.wikipedia.org/wiki/Radu_Mihăileanu ([]内)
2 感想
御伽噺的喜劇でしかも失敗作に近い映画である以上、私流のストーリー評論をしても、と、若干斜に構えさせていただきますが、英語ウィキペディア(B)が脚注に付けている唯一の映画評において、この映画のテーマの一つが、冷戦時代における、東欧、就中ロシア(ソ連)の閉塞的専制と欧米の自由との対比、としているのは違うのではないでしょうか。
というのも、この映画に出て来るのは、ブレジネフ時代のソ連のユダヤ人迫害の挿話であって、それがスターリン時代の大粛清
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%B2%9B%E6%B8%85
等ではないからです。
ブレジネフ時代というのは、言うなれば、フルシチョフによるスターリン批判とゴルバチョフによるペレストロイカとの間の小揺り戻しの時代でしたが、スターリン時代に比べれば天国のようなもの
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%AC%E3%82%B8%E3%83%8D%E3%83%95
でしたし、同じことは、ソ連時代のユダヤ人迫害に関しても言える
http://inri.client.jp/hexagon/floorA4F_ha/a4fhb200.html
というのに、この映画が、わざわざブレジネフを登場させて、ユダヤ人迫害を直接命じる場面まで設定している(映画自身)のは、反ユダヤ主義が(広義の)欧州共通の長年にわたる問題であることを想起させるものであり、むしろ、この問題についても、仏露が和解・提携(して克服)すべき材料の一つとして使っている、というのが私の見立てです。
つまり、この映画のテーマは、あえて言えば、仏露和解・提携、ひいては仏露を中軸とする拡大欧州統合のススメ、ではないか、と。
実際、この映画では、ロシア人達のフランス、就中パリやフランス語へのあこがれやフランス人達のロシアのクラシック音楽の作品や演奏への敬意、をしつこいくらいに描いていますし、ロシア(ソ連)共産党とフランス共産党とのとりわけ親密な関係があたかも現在もまだ続いているかのような描写もなされています。
考えてみれば、フランスは、私の言うところの、民主主義独裁の最初のイデオロギーであるナショナリズムを生んだ欧州の国ですし、ロシアは、民主主義独裁の今のところ最後のイデオロギーであるマルクス・レーニン主義を生んだ拡大欧州の国である、ということからも相互に親近感があって不思議はありませんし、そもそも、仏露は、拡大ドイツに対するところの、この拡大ドイツの西と東にそれぞれ位置する「大国」なるが故の生来的同盟国でもあります。(典拠省略)
そして、仏露の和解・提携ひいては拡大欧州統合を、この映画は、東欧が仲介すべきであることを示唆しているように思われます。
前述したように、監督がルーマニア出身のフランス人で主演男優がポーランド出身のロシアで活躍を始めた人物なのですからね。
更に付け加えれば、仏露和解・提携、ひいては拡大欧州統合にもう一つ不可欠な役割を果たすべきはユダヤ人であることも示唆しているような気がします。
というのも、前述したように、主演女優に、役柄上も、そして、実際にも、ユダヤ系フランス人を当てているからです。
ただ、それだけだと、迫害されてきたというだけでも同情に値するところの、ユダヤ人を、今度は美化し過ぎだ、と言われそうなので、ユダヤ人の金銭への執着ぶりも戯画化しつつも執拗に描いた(映画自身)のでしょう。
で、それだけだと、今度は反ユダヤ主義だと言われかねないので、この映画では、(人種としての)ロシア人もジプシーも「道連れにして」、この2グループも、おしなべて、ユダヤ人同様の金銭に執着する人々として描いた
https://web.archive.org/web/20100926182440/http://www.hollywoodreporter.com/hr/film-reviews/the-concert-film-review-1004030888.story 及び、映画自身。(但し、事実関係のみ)
のだろう、と。
とまあ、ぐだぐだと書いてきましたが、主演女優のメラニー・ロラン(Mélanie Laurent。1983年~)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%8B%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%A9%E3%83%B3 前掲
を「知った」ことが、この映画を見た最大の収穫だったかもしれません。
ユダヤ人でも飛び切りの美女がいたんだー、と、いささかびっくりしましたね。