太田述正コラム#8802005.9.27

<先の大戦万華鏡(その4)>

  イ どっちもどっちのアングロサクソンとドイツ

 そもそも、ファシズムの淵源(roots)は少なからずアングロサクソンにある。

 ヒトラーの夢は大英帝国によってかきたたられた部分がある。ナチスは、英国が北米大陸とオーストラリアで、人種絶滅(ethnic cleansing)と奴隷労働によって植民地を形成したことにならって、同じことを東欧でやろうとし、英国がインドからカネ・労働力・兵力を抽出したことにならって、同じことを西欧でやろうとしたわけだ。

 また、米国が中南米に勢力圏を築いたことにならって、ドイツと日本はそれぞれの周辺に勢力圏を築くこうとした(注6)。

 (注6)以上は、日本に係るHelen Mears, Mirror for Americans: JAPAN(邦訳「アメリカの鏡・日本」アイネックス1995年。http://www.sam.hi-ho.ne.jp/s_suzuki/book_mirror.html)の論旨と基本的に同じだ。

 優生学の主要な理論家を英米が生み出して人種差別の根拠付けを行った(コラム#257258)ことも覚えておこう。

 強制収容所は英国がボーア戦争の時に発明したもの(コラム#310)だし、原住民の抵抗運動を制圧するために空軍力を用いたのもイラクとアフガニスタンで1920年代に英国がやったのが最初だ(コラム#521)。これがナチスドイツ空軍の行ったゲルニカへの、更には先の大戦時のロンドンやコベントリーへの戦略爆撃(コラム#423520831)につながっていく。

 英米のエリート達でファシストを支援した者が多数いたことも忘れてはならない。

 例えば、ブッシュ現米大統領のおじいさんは1942年に敵と交易した罪で起訴されているし、ヘンリー・フォードはヒトラーの誕生日に5万マルクのプレゼントを贈っている。

 戦後になると今度は、ファシズムの様々な手法を英仏米が拝借した。

 ニュルンベルグではナチスのほんの一部を断罪しただけで、大部分は英米が手を差し伸べて無罪放免し、1946年には米国は秘密裏にナチスの1,000名の科学者を米国に招致した。その中にはホロコーストに直接関わった者もいた。ナチスが開発したところの薬品と手術によるマインドコントロール法はCIAが受け継いだ。満州で囚人を対象に生体実験を行った石井博士を米国は生物兵器に関する助言を求めて米本土に招致した。

ナチスによって「改善」された強制収容所システムは、英国によってマウマウ団を殲滅するためにケニアに移植された(コラム#609610)。

ゲシュタポの拷問技術は、フランスによってアルジェリアで用いられ、さらに1960年代から70年代にかけて米国によって中南米の独裁者達に伝達された。この拷問技術の到達点をわれわれは、今日米軍のグアンタナモ基地やディエゴガルシア基地で見出すことができる。

  ウ ドレイトンの主張のねらい

 ドレイトンの主張のねらいは、英国と米国は、それぞれ帝国主義、(米国の場合は3でも見たように、もう一つ有色人種(原住民・黒人・黄色人種)差別、)という暗黒面を引きずりつつも、自由・民主主義(なるアングロサクソン的価値)を守るために先の大戦を戦ったことで、過去の暗黒面は帳消しになった、とする英米朝野の自己欺瞞(注7)を、英米側と独日側の戦争目的や戦争のやり方等の類似性を強調することによってたしなめるところにある、と思われるところ、彼はそれに一定程度成功しています。

 (注7)ドレイトンは、英国出身で米国「出稼ぎ中」である、今をときめく歴史学者のニール・ファーガソンを大英帝国弁護論者だとした上で、ファーガソンが、大英帝国が犯したところの、何世紀にも及ぶ征服・奴隷制・搾取といった罪悪は、先の大戦の倫理性によって購われた、と主張している点を糾弾している。

5 全般的感想

ドレイトンは、自由・民主主義というアングロサクソン的価値のファシズム的価値ないし共産主義的価値に対する優位性それ自体を否定しているわけではありません。

日本人のわれわれがやらなければならないのは、自由・民主主義的価値の優位性についてドレイトンらに唱和しつつ、日本をその貶められた過去の歴史から救い出すことです。

 もとより日本の近代史もまた暗黒面を引きずっていることは否定すべくもありません。しかし、日本は、明治維新後、一貫して自由・民主主義を追求してきたのであって、大正時代には自由・民主主義を確立させ、先の大戦時においても自由・民主主義を機能させ続けた(コラム#4748)点で、アングロサクソンに比べてそれほど遜色があったわけではありません。

 にもかかわらず、先の大戦においては、自由・民主主義陣営がアングロサクソンと日本という二手に分かれ、それぞれがソ連・中国共産党・中国国民党という共産主義/ファシズム勢力及びナチスドイツ・ファッショイタリアというファシズム勢力と提携して相争う羽目になってしまったのです。

 このねじれ現象がいかに不自然なことであったかについては、2でご紹介した先の大戦中の日本とポーランドの提携という事実だけをとってもよく分かります。

そんな羽目になった責任の一半が日本にあったことまで否定はできませんが、何と言っても、一義的には米国、二義的には英国の責任が大きかったのであり、このことをわれわれは機会あるごとに世界に訴えていかなければならないのです。

 ドレイトンの主張に対して聞く耳を持っている英国の朝野は、このようなわれわれの主張も恐らく傾聴してくれるでしょうが、米国の朝野は最初のうちは全く相手にしてくれないかもしれません。

 しかし米国でも、1991年の大統領選挙にあたって共和党の予備選挙に立候補して33州で300万票を獲得したことがある、米国の論客パット・ブキャナン(Patrick J. Buchanan)が、かねてより、先の大戦に英仏米は参戦すべきでなかったと主張していて、この主張に関して総スカンを食いつつも、なお、有力な論客であり続けていることには、大変心強い思いがします。

 ブキャナンは、「英仏が蒙った被害・・何十万もの人命・破壊・破産・英仏両帝国の崩壊・・を考えれば、果たして第二次世界大戦を戦う意味があったかは疑問だ。そもそも、エルベ河以東のポーランドを始めとするすべての国々がどっちみち失われたことを考えればなおさらだ。仮に英仏米の目的がナチスの破壊であったのなら、大成功を収めたと言えるだろう。しかし、そもそもドイツ人をナチスから解放することに意味がなかったのだから、ヒトラーをやっつける必要などなかったのだ。ヒトラーを選挙で権力の座につけたのはドイツ人であったことを思い出そう。」と主張しているのですが、われわれは、これを次のように言い換えて、米国の朝野に向けてたゆむことなく発信を続けて行こうではありませんか。

 「英仏が蒙った被害・・(中略)・・疑問だ。そもそも、日本は当時既に自由・民主主義国家であったというのに、東アジアの大陸部において、中国国民党というファシズム勢力及び中国共産党やソ連という共産主義勢力、と対峙していたのに、おろかにもその日本を叩くことによって、自由・民主主義勢力は、大陸部から駆逐され、朝鮮半島の先端と日本列島にまで押し戻されてしまったのだから」と。

(完)