太田述正コラム#8832005.9.30

<大英帝国論をめぐって(その1)>

 (本篇は、9月28日に上梓しました。)

1 大英帝国を「離陸」させたアフリカ

 (1)始めに

 英領北米植民地は、奴隷制を維持するためにこそ英本国から独立した、という見方もできる(コラム#881)ということは良く分かったけれど、そもそも、奴隷制の上に成り立っていた北米植民地をつくったのは英国ではないか、と首をひねられた読者がおられたことと思います。

 まさにそのとおりです。

 (以下、特に断っていない限りhttp://www.guardian.co.uk/comment/story/0,3604,1552921,00.html(9月25日アクセス)による。)

 以前(コラム#879で)登場したドレイトンは、大英帝国の基礎は、北米大陸やカリブ海の黒人奴隷と彼らの故郷であるアフリカのアフリカ人を英国が搾取することによって形成された、と指摘しています。

 大英帝国論は巨大なテーマであり、群盲象をなでる観がありますが、このあたりから、話を始めることにしましょう。

 (2)資産価値向上のイデオロギー

 ロック(John Locke1632?1704年)は、その著書の「政府二論(Second Treatise on Government)」の中で、神は人類に対して、自然(nature)を、荒野(wasteland)のままにしておかずに労働力(labor)を投下することによって「財産(property)」に転化すべく信託されたのであり、政府はこの営みを保護する神聖な義務を負っている、と記しています。

ドレイトンは、ロック以前から英国にあったところのこの「資産価値向上(improvement)」のイデオロギーこそ、英国の帝国主義の本質だ、と喝破していますhttp://www.historycooperative.org/cgi-bin/justtop.cgi?act=justtop&url=http://www.historycooperative.org/journals/ahr/106.3/br_135.html。9月25日アクセス)。

 そして、このイデオロギーから、英国人(や西欧人の一部)のみが自然についての科学的知識を有し、自然の資産価値を向上させる科学的方法を知っているがゆえに、英国人(や西欧人の一部)は、世界において自然の資産価値向上に努める権利と義務を負っている、という考え方が出てきた、というのです。

 17世紀にこの考え方はまずアイルランドに適用され、英国のジェームス1世が「文明の恩恵に浴させるために」イギリス人やスコットランド人をアイルランドに送り込んだ結果、アイルランド人は大地主となったこれら侵略者の小作人の地位に転落します。

このように大ブリテン島周辺で回り道をしていたため、英国は海外への帝国主義的発展に関し、スペインやポルトガルに遅れをとってしまいます。

(以上、アイルランドについてはhttp://www.newleftreview.net/RobinBlackburnTLSreview.shtml(9月27日アクセス)による。)

 その後英国は、この遅れを取り戻すべく、急速に海外に向けて帝国主義的発展をとげて行くのですが、ドレイトンはこの過程において、英国の植物学(Botany)、就中ロンドンの王立植物園キューガーデン(Kew Garden)が果たした役割に注意を喚起します。

 すなわち英国は、植物学者を世界中に送り込んで植物をキューガーデンに集めて研究させ、必要に応じて品種改良を行い、商業作物については、世界中からその生産に適した地域を見つけては、その地域を確保した上で、当該商業作物をその地域に移植し、黒人奴隷を使ったプランテーションで大量生産し、それを世界中で売りさばくことで、巨万の富を集積するのです。

(以上、http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/detail/-/0300059760/102-6943426-9317761?v=glance(9月27日アクセス)も参照した。)

(続く)