太田述正コラム#887(2005.10.2)
<中共に変化の兆し?(続)(その5)>
5 矛盾とその解明
(1)矛盾
以上見てきたように、胡錦涛政権には、良い方向への変化の兆しが見られる一方で、反動的な動きも見られるわけですが、この矛盾をどう理解すればよいのでしょうか。
胡錦涛政権は、共産党独裁の継続を図っているという解釈・・胡錦涛政権悪意説・・と、自由・民主主義をめざしているという解釈・・胡錦涛政権善意説・・、の二つの対蹠的な解釈が成り立ち得ます。
以下、それぞれについてご説明しましょう。
(2)胡錦涛政権悪意説
かつては、経済が成長するに従ってその国は自由・民主主義化して行く、と考えられていました。逆もまた真であって、専制的な国は経済も停滞する、とも考えられていました。
実際、1980年代までは、この「理論」は現実を見事に説明できていたのです。
ところが最近では、ミャンマーやジンバブエのように、専制的で経済が停滞している国もあるけれど、それより、ロシア・中共・ベトナム・ベネズエラのように、経済は高度成長を続けているのに自由・民主主義化が停滞ないし逆行する国の方が目立つようになりました。
最近米国で行われた回帰分析を用いた研究が明らかにしたのは、政治的権利・一般的人権・報道の自由・高等教育へのアクセス可能性、といった調整財(coordination goods。当該研究を行った二人による命名)たる公共財だけを規制することにより、専制と経済発展の両立が可能となる、ということです(注6)。
(注6)これまで、世銀等による経済援助の供与が、インフラ・衛生・識字率の改善等の標準的な公共財に充てられることを条件として行われてきたのは、それが経済発展だけでなく、自由・民主主義化にもつながると考えられたからだが、今後は、調整財にも充てられることを経済援助の際の条件に付加する必要がある、ということになる。
ちなみに政治的権利とは、言論の自由・集会結社の自由・平和的デモの自由を指します。注意すべきは、選挙権は、政治的権利に含まれていない、つまりは調整財ではない、ということです。
また一般的人権とは、恣意的逮捕の禁止、これに関連する人身保護制度(habeas corpus)の存在、宗教・人種・民族・性による差別の禁止、肉体的虐待からの自由、及び国内及び外国を旅行する権利、を指します。
(以上、http://www.nytimes.com/cfr/international/20050901faessay-v84n5_bueno-de-mesquita_downs.html?pagewanted=print(9月30日アクセス)による。)
この研究は、中共の胡錦涛政権は、調整財に係る規制は強化しつつ、それ以外の規制は緩和することによって、経済成長の持続と専制(共産党独裁)の維持の両立を図っている典型例であると見ているようです。
(3)胡錦涛政権善意説
ア 胡錦涛政権悪意説批判
しかしそれは違う、と私は思います。
中共が、科挙とも関連して伝統的に教育熱心であった支那民衆の熱い期待に応え、「高等教育へのアクセス」の促進に大いに力を入れていること一つとってもそうです。
1998年以来、中共の大学在籍者は約3倍の2000万人に達し、米国・インド・ロシア・日本のいずれの国をも上回っています。また、1996年から2001年の間だけで理工系の博士号取得者の数はほとんど倍増し、8,000名を超えています。私立大学だけでも既に1,300校に達しています。
そして2010年までには、高卒者の少なくとも20%は大学に進学すると見積もられており、それが2050年までには50%に達すると見積もられています。
もちろん、中共当局は量的な拡大だけでなく、北京大学や精華大学等を、世界の一流大学と肩を並べるような大学にしようとしています。外国人の教員や、外国で教育を受けた教員もどんどん増えてきています。
(以上、中共の大学事情については、http://www.csmonitor.com/2005/0729/p01s01-woap.html(7月29日アクセス)による。)
もはや中共はルビコンを渡ってしまった、と私は思います。
渡ってしまった以上、学問の自由の確立が不可欠であり、不可避であることは中共当局も自覚していることでしょう。そして、大学が生み出す夥しい数のインテリによって早晩共産党独裁が終焉を迎えさせられるであろうことについても中共当局は自覚してる、と思いたいところです。
問題はそれぞれがいつ現実化するか、です。
イ 胡錦涛政権善意説
既にお分かりだと思いますが、私自身は、胡錦涛政権が啓蒙専制主義的に(コラム#560)、民衆の不平や怒りの解消を図りつつも、中共党内の守旧派にも配意しつつ、アクセルとブレーキを同時に踏みながら、目に見えないようなゆっくりとしたスピードではあるけれど、自由・民主主義化に向けて前進している、と見ています。
つまり私は、胡錦涛政権善意説に立っているわけです。
もっとも私は、胡錦涛政権がホンネで、自由・民主主義化、すなわち共産党独裁の廃棄、を目指していると思っているというよりは、ホンネがどうであれ、胡錦涛政権は、民衆の不満や怒りの爆発による共産党独裁の急速な崩壊を回避するためには、(「高等教育へのアクセス」の促進が物語っているように)自由・民主主義化を進めるほかない、と考えているに違いない、と思っているのであり、ここを誤解のないようにお願いします。
民衆の不平や怒りの凄まじさとそのよってきたるゆえんについては、中共の社会状況シリーズ(コラム#863。未完)を参照していただくことにして、ここでは党内の党中央と地方組織の守旧派に、それぞれ胡錦涛政権がどのように対処して来ているかをご説明することにしましょう。
(続く)