太田述正コラム#8912005.10.5

<中共に変化の兆し?(続)(その8)>

 (2)胡錦涛政権の国内政策に苦言を呈した米国

9月21日にゼーリック(Robert B. Zoellick)米・アジア太平洋担当国務次官補は、「支那社会において内輪の政治(closed politics)が永久に続いて良いはずがない。・・そもそも続けられるはずもない。支那はその政府を国民に対して責任を負い(responsible)、説明責任を果たす(accountable)存在にすべく政治的変革(political transition)を遂げる必要がある」と発言しました。

この、ブッシュ政権発足以来初めてと言ってもよい、歯に衣を着せぬ中共当局批判は、9月5日の温家宝首相の選挙拡大発言(コラム#861)や、北京で開催された22届世界法律大会(the 22nd Congress on the Law of the World)で同じ日に行われた胡錦涛国家主席の発言、「われわれは引き続き、社会主義的民主主義(注9)の発展、民主主義的システムの完成、民主主義的形態の充実を図るとともに、民主主義的選挙・民主主義的決定・民主主義的管理・民主主義的監督が法に則って遂行されることを保証する。<そしてこの社会主義的民主主義と法の支配に立脚した>社会主義的な調和のとれた社会(harmonious societyをつくる」、があったにもかかわらず、米ブッシュ政権として、胡錦涛政権が本当にそれを望んでいるかどうかを疑問視するとともに、中共の自由・民主主義化が殆ど前進していないことに対し苦言を呈した、ということでしょう。

(注9)やたらと「民主主義」を連発しているのはご愛敬だが、この「社会主義的民主主義」(socialist democracyないしsocialism democracy)が曲者であり、「共産党一党独裁を前提にした民主主義」を意味している、と受け止められても仕方がない。

22日、中共外務部の秦剛(Qin Gang)報道官は、中共は安定しており、米国は中共に政治道徳を教える権利はないとした上で、「国内問題はそれぞれの国の政府と国民によって処理されなければならない」とゼーリック発言に反論しました。

(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/09/22/AR2005092202288_pf.html(9月24日アクセス)、及びhttp://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2005/09/29/2003273704(9月30日アクセス)による。胡錦涛発言については、http://english.people.com.cn/200509/06/eng20050906_206698.html10月3日アクセス)も参照した。)

われわれとしては、この報道官による反論よりも、9月29日の中共政治局が行った下掲の声明の方を注目すべきでしょう。

「今後5年間には、われわれは社会的公正と民主主義にもっと関心を払い、人民の利害に密接に関わる諸問題の解決に真摯に取り組まなければならない。・・経済と社会、都市と農村、異なった諸地域、の発展は、2006年から2010年の期間はより均衡し調和のとれたものでなければならない。」

(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/09/30/AR2005093001545_pf.html10月2日アクセス)による。)

これは、直截的に申し上げれば、中共内の都市と農村の不均衡発展やこれとも関連した富者と貧者の所得格差が危機的水準に達しており(注19)、短期間に全力でその是正を図らなければ、中共の社会秩序は崩壊する懼れがある、という緊急事態宣言です。

胡錦涛政権の気持ちを忖度すれば、このような状況下で、当面優先的に取り組まなければならないのは、大衆が抱いている経済的不満の解消であって、政治改革(自由・民主主義化)ではない、というのが第一、そしてこのような状況下では、政治改革を拙速に進めれば、不満を表出する正規の場が増えた大衆の怒りがその場を通じて噴出し、収拾がつかなくなる、というのが第二でしょう。

 (注10)国連の統計によれば、中共の最貧の20%は総所得の4.7%しか得ていないのに対し、最豊の20%は総所得の半分以上を得ており、この格差はここ三年間で次第に拡大してきている。

     胡錦涛政権は、発足以来、国営企業の売却にブレーキをかけてきた。赤字を垂れ流している国営企業の工場を閉鎖することは経済的には理にかなっているが、大量の失業者が出ることが多く、給料だけでなく、突然医療や住宅等の面での優遇措置も奪われることから、これら失業者の激しい抗議行動を呼び起こすからだ。

     しかし、ここに来て胡錦涛政権は、著しい所得格差の根本原因の解消に乗り出す決意を固めた、と見られている。

     つまり胡錦涛政権は、腐敗した地方政府(党地方組織)の幹部と企業家とが癒着し、大衆の犠牲において、共同で経済開発プロジェクトを推進して大儲けする、という中共中で遍く見られる悪行の根絶に乗り出そうとしており、政治局の上記声明はその決意表明だ、というわけだ。

(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/09/21/AR2005092100727_pf.html(9月22日アクセス)による。)

 (3)所見

 胡錦涛政権が、党中央の守旧派や腐敗が蔓延している党地方組織に、足をすくわれないように細心の注意を払わなければならないことには同情を禁じ得ませんが、大衆の怒り(コラム#863。未完)を単に経済的なものではなく政治的な怒りでもあると認識し、同政権が着実に自由・民主主義化を推進することを、強く促したいと思います。

 中共が、アングロサクソン諸国・日本・欧州諸国等の自由・民主主義諸国と真の友好関係を樹立することによって、永続的な中共経済発展のための環境整備を行う気があり、かつ台湾との統一をどうしても追求したいというのであれば、胡錦涛政権として、自由・民主主義化のロードマップ(行程表)を明らかにすることが最善の方策であり、またそれ以外に方策はない、というのが私の所見です。

 なお、当然のことながら、上記ロードマップを明らかにする際には、胡錦涛政権は、台湾をターゲットにした漢人民族主義戦略の軌道修正を行って対台湾攻撃力の整備と反国家分裂法の発動をどちらも凍結すると宣言するとともに、二度と反日行動の発動をしない(させない)ことを誓約すべきでしょう。

(完)