太田述正コラム#899(2005.10.9)
<六カ国協議の「進展」をめぐって(その4)>
米ブッシュ政権にとってのイラクがらみの懸念材料は、見通しうる将来にかけて不穏分子の根絶は不可能であることが明らかになったことや、内戦が勃発してイラクが泥沼化する恐れだけではありません。
米ブッシュ政権としては、イラク憲法が今月実施される国民投票でオーソライズされ、12月の選挙を経てイラクに正式政府が樹立された暁には、米軍等の駐イラク多国籍軍が、イラク内外のスンニ派アラブ人の不穏分子化の「触媒」となっているということもこれあり、米軍等を2007年中頃までにはイラクから完全撤退させたいところ(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-usiraq1oct01,0,1622754,print.story?coll=la-home-headlines。10月2日アクセス)なのですが、なかなかそうもいかない、というのがもう一つの懸念材料なのです。
というのは、多国籍軍から治安維持任務をバトンタッチされるべきイラク治安部隊の整備が遅々として進んでいないからです。
テロリストを含む現在の不穏分子と単独で相まみえることのできるイラク治安部隊の兵力は5,000人程度にしか達していない(今年7月末現在)、という説もあります。
これに関し、イラク暫定政府のジャファリ首相が、イラク治安部隊が整備されると米軍等が撤退してしまい、不穏分子との戦いに敗北することは必至であることから、その整備を意図的に遅らせている、という噂が流れています。
ジャファリ首相が国防省と内務省のそれぞれの治安部隊を初めて視察したのが、イラク暫定政府発足から一年も経った今年7月末だった、という点だけをとっても、このような噂が流れるのももっともです。
(以上、http://slate.msn.com/id/2123554/(7月29日アクセス)による。)
これに加えて、もう一つの懸念材料が最近浮上しました。
今年の7月の中旬から9月の中旬までだけで、少なくとも11名の英軍兵士が、新型爆弾による待ち伏せ攻撃で殺害されたところ、9月16日に、その首謀者と目されるSheikh Ahmed al-Fartusiが、バスラで英軍に逮捕されました。Fartusiは、サドル(Moqtada al-Sadr)師(注7)のマーディ民兵( Mahdi militia)の分派の指導者です。
(注7)サドル師ないしサドル派に言及した過去のコラムは、189、314、319、320、323、342、343、371、395、421、482、483、484、493、500、511、669、674、685、719の多きに及ぶ。
次いで9月19日には、民間人の服装をした英軍特殊部隊SASの隊員2名がバスラで警察につかまり、拘置所に入れられ、更にマーディ民兵分派に引き渡されたという情報を得て、英軍が戦車を押し立ててこの拘置所を襲撃した後、近くの場所でマーディ民兵分派に拘束されていたこの2名を救出しました。
このSAS隊員の拘束は、Fartusi逮捕に対抗するために行われた、と英軍は考えています。
この事件によって、バスラの警察がマーディ民兵の分派によってコントロールされている、という事実が知れ渡ることになりました。
この英軍の動きに対し、バスラでは火炎弾やロケットを用いた激しい反英行動が行われ、バスラの州知事と州警長官は英軍を非難し、イラク暫定政府のジャファリ首相も不快感を露わにしました。
スンニ三角地帯とは違って、英軍が治安維持の責任を負っているイラク南部のシーア派地域では、長きにわたってほとんど不穏な動きはなかっただけに、英ブレア政権、そして米ブッシュ政権が衝撃を受けているであろうことは想像に難くありません。
イラク駐留英軍は、今年中にMaysan州 とムサンナ州(al-Muthanna州。陸上自衛隊が駐留している州)を、そして来年にはDhi Qar 州とバスラ(Basra])州の治安維持責任をイラク側に委譲する予定であること、そして今年10月から英軍の撤退を開始する旨を7月に表明していましたが、これらが実行不可能であることが誰の目にも明らかになってしまいました。
(以上、http://www.worldthreats.com/middle_east/iranblamedas.htm(10月8日アクセス)、http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1574668,00.html(9月21日アクセス)、及びhttp://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq21sep21,0,4876484,print.story?coll=la-home-world(9月22日アクセス)による。)
10月に入ると、英国政府高官が、駐イラク英軍への待ち伏せ攻撃に使われている上記新型爆弾が、レバノンのシーア派民兵のヒズボラ(Hezbollah)(注8)が使っているものと同じであり、背後にイラクの革命防衛隊(Revolutionary Guards。コラム#770)がいる可能性がある旨の発言を行い、ブレア首相もこの発言を(少しトーンダウンした形で)繰り返しました。
(注8)ヒズボラに言及した過去のコラムも、#97、121、300、323、390、512、656、660、662、663、771、792、828の多きに及ぶ。
マーディ民兵分派はイランの手先として英軍を攻撃している、と言わんばかりの口吻です。
これに対し、イラン政府は本件へのイランの関与を全面的に否定しましたし、ジャファリ首相も「そのような非難は根拠がなく、われわれとして全く同意いたしかねる」と述べたところです。
(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4314032.stm、http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4312516.stm(どちらも10月6日アクセス)、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4315924.stm(10月8日アクセス)による。)
(続く)