太田述正コラム#9012005.10.10

<六カ国協議の「進展」をめぐって(その5)>

 (5)シリア

いささか旧聞に属しますが、今年の2月16日、シリアとイランは、イランを訪問していたシリア首相のイランの副大統領との会談の後で、相互防衛条約を締結した、と発表しました。

かねてから、テロ支援国家であるとして、シリアに厳しい態度をとってきた米ブッシュ政権のなだめ役を演じてきた英ブレア政権は、実質的な意味は全くない、と水をかけることで、予想外の成り行きに対する狼狽を隠すのに当時躍起となったものです。

(以上、http://www.guardian.co.uk/iran/story/0,12858,1416319,00.html(2月18日アクセス)による。)

 このシリアの動きの動機は、レバノンを半占領状態に置いてきたシリアが、レバノンの元首相のハリリ(Rafiq Hariri)爆殺事件の黒幕として国際的指弾の的になっていたという当時の状況に照らせば想像がつきます。脛に傷を持つシリアとしては、とにかく国際的孤立に耐えられなかったのでしょう。

 次いで3月末には、イスラエルによって逮捕されたハマス(Hamas。コラム#97196300323488666)のテロリストが、シリアで訓練を受けたと証言しました。これは、シリアとテロリストとのつながりが公にされた最初のケースです。

 この3月には、ベイルートでシリアのレバノンからの撤退を求める7万人の大集会が開かれるや、レバノンのキリスト教地区の反シリア感情の強いところで、三件もの爆発事件が起こり、また、シリアの息の掛かったヒズボラ(Hezbollah)主催による親シリアの50万人の大集会がベイルートで開かれるといった具合に、誰の目にもシリアの策謀であると分かる事件も頻発しました(コラム#656662)(注9)。

 (注9)これに対し、再度反シリアの、今度は80万人の大集会が開かれ、集会開催競争は反シリア派「勝利」によって幕を閉じた。

ブッシュ政権から見れば、2002年の大統領教書演説でシリアをイラクと北朝鮮と並ぶ、悪の枢軸呼ばわりした時以来、時間はかかったけれど、ようやくのことで、英ブレア政権や仏シラク政権が唱えるシリアのバシャール・アサド政権善玉説(コラム#97324488663)が誤っており、米国が唱える悪玉説が正しいことが裏付けられた思いがしていることでしょう(注10)。

(注10)私は、英ブレア政権同様、バシャール・アサド大統領(夫妻)がシリアの自由・民主主義化を希求していると考えているが、このことは、シリアの守旧派勢力が強力であればアサド政権としても悪玉的にふるまわざるをえない、ということを否定するものではない。もっとも、米国は、アサド大統領(夫妻)はそもそも自由・民主主義ではない、と考えているようだ。

イラクのフセイン政権が打倒されてからというもの、ブッシュ政権は、シリアが新悪の枢軸の支点(fulcrum)となっている、と考えています。

新悪の枢軸は、旧悪の枢軸とは違って、相互連携関係のある文字通りの「枢軸」であり、イランとシリアの二カ国(注11)、及びヒズボラ・ハマス・イスラム聖戦機構(Islamic Jihad。コラム#97323666)の三つのテロリスト団体からなり、彼らが共有するねらいは、イラク・レバノン・イスラエル・パレスティナを不安定化することにより、米国がイラクで始めた中東地域全体の自由・民主主義化計画の実現を妨げるとともに、レバノンの「独立」とイスラエル・パレスティナの和解(ひいてはイスラエルと残されたアラブ諸国との和解)を妨げるところにある、というのです。

(注11)シリアとイランの「同盟」関係は年季が入っている。イラン・イラク戦争(1980?88年)の時、シリアのハフェズ・アサド(バシャールの父)政権は主要アラブ諸国のうち、ただ一カ国、イランを支持した。

シリアが「支点」であるとは、イランがヒズボラに供与する武器の輸送経由地となり、またイランの革命防衛隊はシリアの庇護の下でレバノンのベッカー(Bekaa)渓谷に駐留している、といったことを指しています。

(以上、http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A17354-2005Mar31?language=printer(4月2日アクセス)による。)

シリアがやっていることで、特にブッシュ政権にとって我慢がならないのは、アサド政権が、ブッシュ政権の出方に応じて緩急をつけつつも、不穏分子志向者の(シリアを始めとするアラブ世界各地からの)シリアからのイラクへの越境の取り締まりを手抜きしていることです。

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/06/07/AR2005060702026_pf.html(6月8日アクセス)による。

現在ブッシュ政権は、この新悪の枢軸の頭目であり、核疑惑の主でもあるイランの軍事攻撃を行うための環境整備をすべきか、「支点」であるシリアの軍事攻撃を行うための環境整備をすべきかを慎重に検討しているはずです。

ちなみに、イランは、領土が広く人口も多く、有数の産油国でカネもあるだけに、体制変革まで目指すのは大変なので、主として空軍力を用いて核関連施設の破壊等を行うことで矛を収めざるをえないのに対し、シリアは、領土が狭く人口も少ない貧乏国であり、なおかつ、アサド大統領もその一員であるところのアラウィ派(Alawite、シーア派分派)という人口の10%しか占めていない少数派が多数派のスンニ派等を支配しているいびつな国であることから、それほど大きな兵力を用いなくても体制変革が可能です。

(以上、http://www.washingtonpost.com/ac2/wp-dyn/A17354-2005Mar31?language=printer前掲による。)

(続く)