太田述正コラム#904(2005.10.12)
<六カ国協議の「進展」をめぐって(その8)>
(本篇は、10月10日に上梓しました。)
ウ 英軍とシーア派民兵との確執
今年1月の州議会議員選挙の結果、ファディラ党(Fadila Party)というシーア派の地方政党が、州議会でいくつかの小政党と連立を組んで多数派を形成したところから話は始まります。
ファディラ党は、この選挙までの間、バスラ州を牛耳ってきたところの、(イラク・シーア派最大の政党であり、暫定政府の与党でもあるイラクイスラム革命最高表議会(Supreme Council for the Islamic Revolution in Iraq=SICRI。最も親イラン)系の)バドル(Badr)民兵に代わって、バスラ州の権力を掌握することになります。
現在のバスラ州知事もファディラ党員です。
爾来、民兵とサドル師につながるマーディ民兵と連携したファディラ党に対するところの、バドル民兵、という二陣営の間で、マフィア間のような血で血を洗う抗争が始まり、現在に至っています。
そして、この抗争の過程で、これもかつての米国でよく見られたように、各グループが警察への浸透を競い合うようになります。
やがて、ファディラ/マーディ・グループは、バスラ州警察の中にジャミート(Jameat)と呼ばれる最大のヤミ組織を作ることに成功します。ジャミートは200?300人の警官で構成され(注17)、ファディラ/マーディ・グループの「敵」であるスンニ派・バドル民兵・ジャーナリスト・英軍等の拷問・殺人を恣に行うようになります。
(注17)バスラ市の警官の数は2,500?3,000人であり、バスラ州全体ではこの数倍の警官がいるが、バスラ市及びその周辺にいる各グループの民兵は総勢で最大13,000人にのぼると見られている。バスラ州警察本部長は、部下の警官の四分の一しか信頼できない、と述べている。
マーディ民兵分派の長を英軍が逮捕したことに対抗して、私服の英軍SAS要員2名を拉致したのは、ジャミートであり、この2名は最初、ジャミートの本部に拘束され、その後、ファディラ/マーディ・グループに引き渡され、近傍の建物に拘束されたものです(コラム#899参照)。
英軍がこの2名の救出にかけつけた時、数人の「指揮官」に統制された1,000?2,000人の群衆が整斉と火炎瓶と手榴弾でこの英軍を襲ったことは、ファディラ/マーディ・グループの恐ろしさを如実に示しています。
(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/09/AR2005100900333_pf.html、及びhttp://www.nytimes.com/2005/10/09/international/middleeast/09basra.ready.html?pagewanted=print(どちらも10月10日アクセス)による。)
4 今後の展望
以上から、北朝鮮核問題に関し、米ブッシュ政権が態度を豹変させた理由がお分かりいただけたことと思います。
とにかく、他に優先的な課題がありすぎて、この問題に割く精神的・物理的余裕がブッシュ政権にはないため、時間稼ぎをせざるをえなかった、ということです。
ブッシュ政権は、北朝鮮に対する軍事攻撃をあきらめたわけでも、北朝鮮の体制変革をあきらめたわけでもありませんし、前回の六カ国協議での共同声明が、米国による北朝鮮への軍事攻撃や北朝鮮の体制変革を不可能にしたわけでもありません。
軍事攻撃については、六カ国協議で米国を代表したヒル(Christopher R. Hill)国務次官補が、協議終了直後の非公開セミナーで、「仮に平壌が核兵器や核兵器に係る技術の拡散を行うならば、米国は「具体的諸措置」(concrete measures)をとることを余儀なくされよう。」と語ったことを挙げるだけで十分でしょう。この「具体的諸措置」の中に軍事攻撃が含まれることは言うまでもありません(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200510/200510090016.html。10月10日アクセス)。
また、体制変革については、第四回目の六カ国協議が、7月26日?8月7日の間北京で開催された後一旦休会となっていた微妙な時期(注18)の8月19日に、2004年に制定された法律で置くことになっていたのに、置いていなかった北朝鮮人権問題担当官(special envoy for human rights in North Korea)をあえて任命したところに、ブッシュ政権の強い決意がうかがえます(http://www.nytimes.com/2005/08/20/international/asia/20envoy.html?pagewanted=print。8月20日アクセス)。
(注18)六カ国協議は9月13日?19日の間再開され、共同声明発表に至った。
北朝鮮の労働党の機関紙である「労働新聞」が9月21日の論評で「米国は六カ国協議で対話による核問題解決を唱えているが、本心はわれわれを武装解除させ、核で圧殺しようというものだ」と強調した(http://www.sankei.co.jp/news/050921/kok063.htm。9月21日アクセス)ところを見ると、北朝鮮自身、ブッシュ米政権の本心がよくお分かりのようです。
(完)