太田述正コラム#914(2005.10.18)
<冷戦終焉後、世界は平和になった>
1 始めに
冷戦が終焉を迎えた1989年直後、防衛庁はいかなる国際情勢観を打ち出すか頭を悩ませていました。防衛力整備を続けるのに、冷戦が終わって世界は平和になりました、ということでは説明にならないからです(注1)。
(注1)当時、日本の防衛力整備は元防衛事務次官の久保さんが考え出した基盤的防衛力構想、すなわち脱脅威論(コラム#160)、に立脚して行われていたので、国際情勢が変わり、日本への軍事的脅威が低下したとしても、そのことが即防衛力整備に影響を与えることはないはずだった。しかし、そんな理屈が冷戦終焉当時の日本の世論に通用するわけがなかった。
そこで、その頃の防衛局長の西廣さん(後、防衛事務次官)は、二つの考え方を打ち出します。
一つは、冷戦が終わったのは欧州においてであって、東アジアでは終わっておらず、共産主義国家たる中共と北朝鮮が日本と日本の同盟国である米国の潜在敵国として残っていることであり、二つはこれまで米国とソ連が、第三世界の紛争が米ソ間の熱戦へと転化しないよう、紛争を抑制していたところ、冷戦終焉でこの米ソの重しがはずれて紛争が多発するであろうことです(注2)。
(注2)第三世界における紛争は、日本の交易路に危険を及ぼすだけでなく、米国が軍事力を紛争地域に投入すれば、日本周辺の米国の軍事力が手薄になる懼れがある。
前者の方はともかくとして、後者の方に対しては、第三世界における米ソの勢力争いないし代理戦争がなくなるので第三世界は平和になる、という正反対の見方もできるのではないか、と私は当時から考えていました。
今ではどちらが正しかったのか、結論が出たといってもよいでしょう。冷戦終演以降、軍事紛争は明らかに減少したからです。
2 減った軍事紛争
米メリーランド大学の国際開発・紛争管理センター(the University of Maryland’s Center for International Development and Conflict Management)が7月に出した報告書「平和と紛争2005年版」(Peace and Conflict 2005。報告書A)(http://www.cidcm.umd.edu/inscr/pc05print.pdf)によれば、1980年代中頃に比べて現在軍事紛争は60%減っており、1950年代後半以来の最も低い水準となっています。
この3年間だけとっても、インドネシア・スリランカ・ルワンダ・シエラレオネ・アンゴラ・リベリア等で11もの軍事紛争が終結しています。
冷戦の終焉以降、国家間の戦争は殆ど起こっておらず、しかも起こった場合でも、短期間で終結しています。
また、内戦についても、1960年代の初期から1990年代の初期にかけては増えてきていたものが、この10年間は急激に減少しています。現在ではわずか8つの内戦が継続しているだけです。しかも、冷戦終演後に起こった内戦で、7年を超えて続いたものはありません。
(以上、http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-ferguson19sep19,0,4548915,print.column(9月20日アクセス)による。)
17日に出たばかりの国連の報告書(報告書B)も同工異曲の内容です。
この報告書によれば、冷戦終焉以降、戦争や内戦が減っただけでなく、人権侵害といった政治的暴力まで減ってきています。
具体的には、冷戦終焉以降、軍事紛争の総数は40%も減っています。また、一つの軍事紛争当たりの死者の平均発生数は、1950年の37,000人から2002年の600人へと急激に減ってきています。
昨年には内戦は全部で25を数えただけでしたが、これは1976年以降最も低い数字です。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/1018/p01s01-wogi.html(10月18日アクセス)による。)
3 減った理由
一体、冷戦終演以降、どうして軍事紛争は減ったのでしょうか。
第一番目の理由として、報告書A、及び報告書Bを紹介しているクリスチャンサイエンスモニターの記事、が挙げているのは民主主義の普及です。
報告書Aは、1977年には当時の独立国140カ国のうち民主主義国家は3カ国だけであったところ、現在では全独立国の55%が民主主義国家であると指摘しています。
一般に、独裁国家同士や独裁国家と民主主義国家との間に比べて、民主主義国家間では戦争は起きにくいし、民主主義国家では内戦も起きにくいのは確かです。
報告書Aを紹介しているニール・ファーガソンは、民主主義が普及したのは、冷戦下では、反ソ反共でさえあれば、たとえ独裁国家でも米国は支援したものだけれど、冷戦終焉以降は米国は独裁国家の支援から基本的に手を引いた、ということも一つの原因であろうとしています。
第二番目の理由として、報告書Bとニール・ファーガソンが挙げているのは、国連を始めとする国際社会の紛争予防と平和建設に向けての努力です。
第三番目の理由として、クリスチャンサイエンスモニターの記事が挙げているのは、国際世論が各国の指導者や軍閥が武力に訴えることに厳しい目を向けるようになってきたことです。ニール・ファーガソンが、紛争関係地域の人々の平和への願いの強まりを挙げているのも、基本的に同じことでしょう。
(以上、http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-ferguson19sep19,0,4548915,print.column上掲、及びhttp://www.csmonitor.com/2005/1018/p01s01-wogi.html上掲、による。)
4 感想
われわれは、冷戦終焉以前になくなった人々に比べて、はるかに平和な世の中に生きている幸せを噛みしめるべきでしょう。
しかしそれは今ご説明したように、これまでの国連や米国等による、民主主義の普及と紛争予防・平和建設に向けての努力の賜なのです。
これからはぜひ日本にも、吉田ドクトリンの呪縛を可及的速やかに克服した上で、その経済力とユニークでかつ普遍性のある文明をひっさげて、この崇高な営みに積極的に加わって行って欲しいものです。