太田述正コラム#924(2005.10.28)
<イランの挑発>
1 始めに
10月26日、イランのアフマディネジャド(Ahmadi-Nejad。以下「アフマ」と言う)大統領は、国営TVで放映された演説の中で、「イスラエルを承認する者はイスラム諸国の怒りの炎によって焼かれるだろう。シオニスト体制を承認する<イスラム世界の指導>者は誰であれ、イスラム世界の降伏と敗北を告白したことを意味する。・・パレスティナにおける新たな<攻撃の>波は、この穢れ<イスラエル>をイスラム世界の中から抹殺すること(wipe off)だろう。ある師<アヤトラ・ホメイニ>が申されたように、イスラエルは地図から抹殺されなければならないのだ。」と語りました。
2 その波紋
イスラム革命当時にはイラン当局等による反イスラエル的言辞は日常茶飯事のことでしたし、つい5年前にも、イランの当時の大統領のラフサンジャニ(Hashemi Rafsanjani)が、どこかのイスラム教国が核兵器でイスラエルを壊滅(annihilate)してくれないものか、と語ったことがあります。
しかし、現在イランは核兵器開発疑惑のただ中にある上、同じ26日には8月28日以来の久しぶりの自爆テロ攻撃(少なくとも5人死亡)をイスラエルが受け、これを実行したのが、イランに資金援助を受けているとイスラエルが主張しているイスラム聖戦機構(Islamic Jihad)だった(http://www.cnn.com/2005/WORLD/meast/10/26/israel.blast/index.html。10月27日アクセス)だけに、今回のアフマの発言はイスラエルと欧米諸国を呆れかえらせました(注1)。
(注1)しかも、アフマの前任者であるハタミ( Mohammad Khatami)は文明間の対話を呼びかけ、イランはイスラエルに対してパレスティナ人自身よりも過激であってはならないと主張していただけに、その落差は大きい。例えば法王ヨハネパウロ2世の葬儀の際、ハタミは隣に座っていたイスラエルのカツァサフ(Moshe Katsav)大統領・・イラン生まれ・・と握手をした上、一言二言会話まで交わして話題になった。もっとも、帰国後ハタミはこのことを否定したが・・。
イスラエルのペレス(Shimon Peres)副首相は、イランは国連から追放されるべきだと激高しましたし、英仏独及び米国もそれぞれ、アフマを強く非難する声明を出したところです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.guardian.co.uk/israel/Story/0,2763,1601414,00.html、http://www.nytimes.com/2005/10/27/international/middleeast/27iran.html?pagewanted=print、http://news.ft.com/cms/s/14ee1ccc-465b-11da-8880-00000e2511c8.html(いずれも10月27日アクセス)による。)
3 これからどうなる?
(1)政治的にイランを抑制するのは困難
困ったことに、政治的にイランを抑制することは、北朝鮮に対してよりも困難である、と考えられています。
経済破綻国である北朝鮮に対しては、核問題に関する六カ国協議で一応米国側に立って圧力をかけてきた中共とロシアが、ことイランに関しては、(中共は石油が欲しくロシアは原子力発電技術等を売りたいという)経済的利害関係から、核疑惑問題でイラン寄りの姿勢を見せているからです。
その上、イランはインドとも戦略的提携関係にあります(注2)。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iran22sep22,1,7731328,print.story?coll=la-headlines-world及びhttp://www.guardian.co.uk/elsewhere/journalist/story/0,7792,1575912,00.html(どちらも9月23日アクセス)による。)
(注2)イランとインドは冷戦時代には、片や米国寄り、片やソ連寄りであり、その後もイランとパキスタンとの緊密な関係から、イランとインドはほとんど交流がなかった。しかし、2003年に両国は戦略的提携を目指す条約を締結する。直接的には、インドはイランの石油や天然ガスが欲しいし、イランはインドの市場とその軍事技術や軍事部品が欲しい。その後、両国は海軍同士の共同演習を実施し始めるとともに、インドはイラン港と高速道路建設を支援し始めた。後者のねらいは、中央アジア諸国にアフガニスタンとパキスタンを経由することなくインド産品を輸出するルートを確保することだ。
もっとも、インドは、9月24日のIAEA決議(イランに核疑惑解消を求め、さもなくば国連安保理に提訴する、という内容)には賛成票を投じ、イランに目を剥かせた(http://www.guardian.co.uk/iran/story/0,12858,1579507,00.html。9月28日アクセス)。
(2)よって軍事的解決あるのみ
ですから、米国の暗黙の了解の下で、イスラエルがイランの核関連施設を叩く、というオプションが一層現実味を帯びてきた、と思います。
イスラエルにとって好都合なのは、イランの向こう側の隣国であるパキスタンとの間で関係改善への動きが出てきていることです。
2003年にパキスタンのムシャラフ(Pervez Musharraf)大統領が訪米時に、国交のないイスラエルとの関係改善についてアドバルーンをあげたことがありますが、その時は、パキスタンの世論から袋だたきにあいました。ところが、今年早い時期にパキスタンの首相とイスラエルのシャロン(Ariel Sharon)首相がスイスのダボスで極秘裏に会い、9月1日には、ついにイスタンブールで両国の外相が公式に会談を行うところまでこぎつけたのです。しかも、この会談のお膳立てをしたのは、トルコのエルドガン(Recep Tayyip Erdogan)首相ですが、ムシャラフはサウディのアブドラ(Abdullah)国王とパレスティナ当局のアッバス(Mahmoud Abbas)首相から事前に了解をとりつけた、と語っています。
イランの衝撃がいかに大きかったかは、イラン政府が本件について沈黙を守ったままであることが物語っています(注3)。
(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4205750.stm、http://www.atimes.com/atimes/South_Asia/GI03Df01.html(どちらも9月3日アクセス)による。)
(注3)パキスタンのカーン(Abdul Qadeer Khan)博士が、かつてパキスタンの上層部の黙認の下にイランに核兵器開発に係る遠心分離器等を売ったことを思い起こして欲しい。