太田述正コラム#926(2005.10.30)
<バシャール・アサドの禍機(その1)>
1 メヘリス・レポート
国連の委嘱を受けて、レバノンの元首相のハリリ(Rafiq Hariri)爆殺事件(コラム#652、656、662、663、901)を調査しているドイツの検察官メヘリス(Detlev Mehlis)を長とする調査団は、21日、国連安保理に報告書を提出しました。
この報告書の中で、今年レバノンから撤退するまで在レバノン・シリア諜報機関の長を勤めていた将軍とシリアのバシャール・アサド大統領の義理の弟であるショーカット(Asef Shawkat)少将(シリアの軍事諜報機関の長)の二人をこの暗殺に関与した可能性があるとして名指ししました(注1)。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/20/AR2005102001690_pf.html(10月21日アクセス)による。)
(注1)メヘリスが尋問した相手の一人である、シリアのカナーン(Ghazi Kanaan)内相(1982?2002年の間、在レバノン・シリア諜報機関の長を勤めた)が12日に拳銃自殺を遂げたことは記憶に新しい。米国は、7月にレバノンのテロ組織、ヒズボラを支援した廉で彼の在米資産を凍結するとともに、米国企業に彼と取引することを禁じている。(http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4334442.stm、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4334626.stm(どちらも10月13日アクセス))
2 米仏の緊密な連携
イラク戦争をめぐって角突き合わせたフランスのシラク大統領と米国のブッシュ大統領は、どちらも、二任期目において、判断ミスや周辺の腐敗や違法行為によって不人気にあえいでいる点で共通しています(注2)。
(注2)このところ立て続けに起こった、ハリケーン・カトリーナ対処の不手際、連邦最高裁判事への側近のマイヤーズ(Harriet Miers)女史任命の失敗、そして連邦大陪審による偽証等の容疑でのチェイニー副大統領のリビー(Lewis Libby)首席補佐官の起訴、そしてもちろんイラクでの米兵死者の2,000人突破、によって、ブッシュ大統領の権威は地に堕ちた、と言ってよい(http://news.ft.com/cms/s/98d5dd1e-47c2-11da-a949-00000e2511c8.html。10月29日アクセス)。
マイヤーズ事件とリビー事件については根が深いので、いずれ機会があったら、それぞれ取り上げてみたい。
しかし本件では、シラクは伝統的にフランスと関係の深いレバノンへのシリアの干渉を完全に排除するため、そしてブッシュは中等における自由・民主主義の維持・拡大並びにそのために必要なイラクやイスラエルにおけるテロ防止のため(コラム#656)、かつまた何よりも二人とも、外交上得点を挙げることを喉から手が出るほど欲しているため、この二人が手を取り合ってシリア包囲網を狭めつつあります(注3)。この成り行きについては大変良く理解できるところですし、これは自由・民主主義を信奉し植民地主義を排する世界の大多数の人々にとって、喜ばしいことです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/26/AR2005102602058_pf.html(10月28日アクセス)による)。
(注3)ブッシュはイラクに展開する米軍を脅しに用い、シラクはシリア非難の国連安保理決議の根回しを行う、という暗黙の役割分担ができているように見える。
3 泥船に乗ったままのシリア
アルカーイダ系テロリスト達を除けば、中等で反欧米・反イスラエル勢力として残っているのは、イランとイスラム聖戦機構だけです。
パレスティナ当局を牛耳るアル・ファタは、アッバス議長の下で、完全にイスラエルとの対話路線に切り替えましたし、ハマスもまた、パレスティナの地方議会や中央議会での議席獲得を目指すようになり、テロ活動から足を洗おうとしています。その中で、シリアに司令部を置き、イランのイデオロギー的金銭的支援を受け、対イスラエルテロ活動を行っているイスラム聖戦機構(Islamic Jihad)は、イランとともに、昔のままの時間を生きているように見受けられます。
レバノンから追い出され、欧米諸国には白眼視され、アラブ諸国からも距離を置かれてしまったシリアは、いまだにこのイスラム聖戦機構とイランとの三角「同盟」関係を切れないでいます(注4)。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/1028/p06s03-wome.html(10月29日アクセス)による。)
(注4)イランとシリアはどちらも、イスラム聖戦機構にパレスティナで問題を起こさせることによって、欧米諸国の目を自国から逸らそうと図ってきた。
果たして、シリアはこの瀞船から降りることができるのでしょうか。
4 バシャール・アサドの禍機
(1)シリア国民のムード
シリアの首都ダマスカスでは、24日、米国・国連・メヘリス報告書に抗議する官製デモが行われ、当局は100万人参加したと発表しましたが、実際には1万人程度でしたし、すぐ人影がまばらになってしまいました。
これは、無様な姿でレバノンを追い出されてしまったバース党政権、しかも相も変わらず腐敗に充ちたシリアのバース党政権の求心力の低下を如実に示しています。シリアの人々としては、官製デモに参加するどころではないのです。フセイン政権時代にイラクから密輸入していた安い石油を失い、その上レバノンという金のなる木を失ったことで、シリアの経済はみじめな状況にあるからです。
だからといって、シリアの体制変革が間近い、というわけでは必ずしもありません。
現バース党政権には愛想が尽きているけれど、ご多分に洩れず、反米、就中反ブッシュ感情も強く、メヘリス報告書はブッシュ政権が対シリア開戦を行うための名目作りである、と思いこんでいる人が多いからです(注5)。それに、お隣のイラクの例を間近に見ているだけに、バース党政権を倒したら、シリアも現在のイラクのような、混乱状況に陥ってしまうことを懼れている人も多いのです。
(以上、http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-longo27oct27,0,7556618,print.story?coll=la-news-comment-opinions(10月28日アクセス)による。)
(注5)25日にブッシュは、シリアに対して軍事力を行使するオプションを否定しなかった。
(続く)