太田述正コラム#930(2005.11.2)
<バシャール・アサドの禍機(その3)>
そこへ、メヘリス報告書でハリリ暗殺に関わった被疑者としてショーカットの名前が名指しされた(コラム#926)上、報告書の中では名前が伏せられましたが、直前の草案の段階ではマヘルの名前も明記されており、そのことは周知の事実となっています。
12月15日を期限として、メヘリス報告書の最終版が出ることとなっており、その折には、この二人とも容疑者として名前が名指しされる可能性は高いと言えるでしょう。
そうなるとこの二人は、国連によって訴追され、失権することになります。そうなると、ショーカットの妻であるところのバシャールの姉も事実上失権することになるでしょう。
では、マカルフ家はどうか。
マカルフ家は、故ハーフェズ・アサド大統領の閨閥としての立場をフルに活用して、銀行を持ち、国境の無関税地区を牛耳り、シリアの携帯電話業界の大半を手中に収めるに至った、シリア随一の財閥です。
バシャールの従兄弟でマカルフ家の有力者であるラミ・マカルフ(Rami Makhluf)は、メヘリス調査団の調査中にシリアを離れ、それ以来アラブ首長国連邦のドバイに滞在しています。これは調査を逃れるためであり、またラミにシリアを離れた方がいいと言い含めたのはバシャールであると噂されています(注10)。
(注10)ショーカットやマヘルは治安・国防関係者であり、所掌上レバノンと関係があったのは分かるが、ラミがどう関わっていたのか疑問を抱く人もいるだろう。どうやら、マカルフ家はレバノンでもしこたまビジネスで甘い汁をすっていた、ということのようだ。だとすればラミとしても、ショーカットやマヘル同様、シリアの影響を排除しようとしたハリリが邪魔なわけだ。
いずれにせよ、これによってバシャールは、マカルフ家の勢力を削ぐ絶好の機会が与えられたことになります。
(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/27/AR2005102702342_pf.html(10月29日アクセス)、及びhttp://www.nytimes.com/2005/10/30/international/middleeast/30syria.html?pagewanted=print(10月30日アクセス)による。)
こうしてバシャールは、(私自身はバシャールの目論見通りだと考えていますが、)意図すると意図せざるとを問わず、権力を一身に集中しつつあるのです。
ただし、メヘリス報告書の最終盤で、バシャール本人までハリリ暗殺事件の容疑者として名指しされる懼れが理論上はあります。そうなったら、バシャール自身も失権してしまいます。
しかし、リビー首席補佐官と一心同体であったはずのチェイニー米副大統領がCIA秘密漏洩事件(コラム#926)で逃げおおせるであろうと同様、ショーカットやマヘルやラミと一心同体であったはずのバシャール・シリア大統領も逃げおおせる可能性が高い、と思われます(注11)。
(以上、http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/GK01Ak01.html(11月1日アクセス)による。)
(注11)国連安保理は、10月31日、全会一致でシリアにメヘリス調査団への全面協力を求める決議を採択した。さもなくば、further action(経済制裁を意味している)をとる、という脅し付きだ。(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/10/31/AR2005103100297_pf.html。11月1日アクセス)
問題は、12月15日以降です。
バシャールは、シリアがイラクのような混乱状況に陥らないためにも、引き続きシリアの最高権力者の座にとどまる、という意向を表明するでしょう(注12)。
(注12)そもそも、シリアに居住する人々のアイデンティティーすらいまだ定まっていない。自分ーがアラウィ派等の一員であると思っている人もおれば、現在のシリアの一員であると思っている人もいる。また、大シリア(Greater Syria。現在のシリア・レバノン・パレスティナ/イスラエル・ヨルダンの人間居住地域、を併せた伝統的地理概念)の一員であると思っている人や、アラブ世界の一員であると思っている人、更にはイスラム世界の一員だと思っている人もいる、というのが実状だ(http://www.nytimes.com/2005/07/10/magazine/10SYRIA.html?pagewanted=print前掲)。
皮肉なことに、シリアの「仇敵」イスラエルも、アサド体制が崩壊すれば、シリアはイラクのような混乱状況に陥ったり、悪くするとイスラム過激派が席巻したりする懼れがあると考えており、アサド体制の存続を願っている。(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-ussyria31oct31,0,7972852,print.story。11月1日アクセス)
しかし、その行く手を遮る一大勢力が形成されつつあります。シリアの亡命勢力の間で、これまで考えられなかったような広汎な反バシャール連合が形成されつつあるのです。
最近、シリアのムスレム同胞会が、自由民主主義を追求する穏健な亡命政党へと変貌を遂げつつあったところ、そのムスレム同胞会が、複数の世俗主義的なシリアの亡命政党と連携する運びになりました。
これだけでもこれまで考えられなかった画期的なことだというのに、その上、ムスレム同胞会の代表と、これまで一切アラブ勢力との対話を拒んできた、シリアからの分離を目指すクルド人亡命政党(Kurdistan National Congress)の代表が、10月29日に会合を持ったというのです。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/1101/p07s02-wome.html(11月1日アクセス)による。)
いよいよシリア情勢から目が離せなくなりました。
(完)