太田述正コラム#950(2005.11.16)
<正念場の胡錦涛政権(その1)>
1 胡錦涛政権を取り巻く政治力学
中共の胡錦涛政権は、好むと好まざるとにかかわらず、自由・民主主義化の道を歩んでいる、と申し上げてきた(コラム#861、887、888等)ところですが、これは、中共における中国共産党独裁体制を維持することと当面矛盾するものではありません。
なぜなら、共産主義というイデオロギーを放擲した中国共産党が、引き続き独裁体制を維持するためには、中共の経済発展の継続が不可欠であるところ、そのために、これまた不可欠である米・日・EUとの経済協力関係の維持を図るためには、米・日・EUが求める中共の自由・民主主義化要求(例えば、コラム#891参照)に答える姿勢を見せる必要があるからです。
中共の自由・民主主義化には、対台湾戦略の一環としての側面もあることも、この際指摘しておきましょう。
中国共産党が独裁体制を維持するためには、経済発展の継続だけでは不十分であることから、共産主義イデオロギーを漢人民族主義(私が命名)なるイデオロギーで代替し、そのイデオロギーの発動として、さしあたり台湾の併合を目指す戦略を胡錦涛政権はとってきていることもかねてより申し上げてきました(コラム#690、693、695、706、890)。
その戦略は対台湾軍事力の強化という鞭と、台湾の親中共勢力の懐柔という飴で構成されているわけですが、自らの自由・民主主義化を推進する姿勢を見せることは、台湾の親中共勢力の援護射撃としても大いに有効だからです。(それが、どういことかは、後に説明します。)
さて、この自由・民主主義化をどの程度のスピードで、どのように実施していくかは、胡錦涛政権にとって悩ましいところです。
自由・民主主義化が達成されれば、当然のことながら、中国共産党独裁体制は終焉を迎えざるをえません。しかし、そんなことは相当先(無限のかなた?)のことだとみんなが思っているでしょうから、胡錦涛政権が自由・民主主義化を標榜していること自体はイッシューにはなりにくいでしょう。
しかし、今現在、いかなる分野をどれだけ自由・民主主義化するか、という具体論には、中国共産党内の中央・地方の有力者達の死活的利害が関わってくるので、おのずから党内抗争(その一端については、コラム#888参照)が起きても不思議ではありません。
以上のことを念頭に置いて、最新の中共での動きを見てみましょう。
2 その具体例
(1)胡耀邦復権
胡耀邦・元中国共産党総書記の復権が決まったことは、以前(コラム#861で)申し上げたところです。
ところが、読売新聞は11月13日付のサイトで、胡耀邦の生家がある中国湖南省瀏陽市で進められていた胡氏の記念館建設が、地元当局の指示でこのほど中止となったと、香港の英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(12日付)を引用して報じたのです。
更に翌11月14日付のサイトで、今月の胡耀邦生誕90周年(11月20日)を記念して出版予定であった、胡耀邦の回想録と評伝が、中共当局によって発禁処分を受けた、と今度は独自取材で報じました。
その上で同紙は、党青年組織、共産主義青年団(共青団)の人脈を介して胡元総書記とつながり、胡氏と同様改革派である胡錦濤総書記としては、胡氏をぜひとも再評価をしたいところだろうが、党内の守旧派が抵抗しているのだろうと記しました。
(以上、http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20051113i511.htm、及びhttp://www.yomiuri.co.jp/main/news/20051114i501.htm(どちらも11月14日アクセス)による。)
しかし、共同通信が、サウスチャイナ・モーニング・ポスト(14日付)を引用して、当局の指示で中断されていた胡氏の記念館の建設作業が、再び当局の指示で、18日までに作業を終えるべく13日までに再開された、と14日に配信したため、読売の13日付の記事はフライングであったことがすぐに判明してしまいました(注1)。
(注1)これをサイトに掲載したのは産経新聞(http://www.sankei.co.jp/news/051114/kok048.htm。11月14日アクセス)であり、読売が、サイトにこの配信を掲載していないことはいかがなものか。
読売はこのフライングには触れないまま、14日付(ただし深夜)のサイトで、中共の国務院新聞弁公室からの独自取材に基づき、中共当局が、11月中頃に胡耀邦・元総書記生誕90周年を祝う記念大会を北京で開催することをコンファームした、と報じました。これは世界初の特ダネだ、という自画自賛つきで・・。(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20051114id25.htm。11月15日アクセス)。
読売が一生懸命取材していることは伝わってくるけれど、読売の記事だけをフォローしていると、残念ながら、胡耀邦復権をめぐる中共当局内の改革派と守旧派との争いなるものが具体的にどうなっているのか、さっぱり分かりません。
この欲求不満を一挙に解消させてくれるのが、本件に係る14日付のニューヨークタイムスの記事(http://www.nytimes.com/2005/11/14/international/asia/14cnd-china.html?pagewanted=print。11月15日アクセス)です。
日本で最大部数を誇る読売といえども、英米の一流プレスに比べれば、力量に月とスッポンの違いがあることが、本件に係る読売の一連の記事とこのNYタイムス記事を読み比べるだけで、よく分かります。
(続く)