太田述正コラム#952(2005.11.17)
<フランスにおける暴動(その4)>
5 米英の論調は正しかった
本件に関するNYタイムス、ワシントンポスト、そして(ファイナンシャルタイムスと)ガーディアンの論調を見ただけで、それぞれの持ち味とクオリティーの高さ、特にガーディアンのクォリティーの高さ(注3)を実感されたのではないでしょうか。
(注3)ガーディアンも英国の新聞である以上、自国贔屓から自由ではないのではないか、本件に関する記事を読んで、英国の移民・少数民族対策を身贔屓している印象を受けたという読者がおられるかもしれない。しかし、ガーディアンは社論として王制廃止を掲げているような新聞で、権力に対して批判的な「左翼」新聞だ。英国の核兵器保持にも、イラク戦争参戦にも一貫して反対している。(以上、典拠は省略。)だから、自国贔屓などするわけがない、と言わせていただこう。
フランス在住経験のある読者と現在フランス在住の読者のお二人が、掲示板上に熱烈なるフランス非差別社会論を寄せられましたが、どうやら勝負はついたようです。米英、就中英国のプレスの論調は正しかったのです。
なぜなら第一に、シラク大統領が、14日に、フランスにおける差別の存在を認め、抜本的対策の必要性を認めたからです。
シラクは、北アフリカ及びサハラ以南のアフリカからやってきた労働者階級の移民家族の子供達や孫達・・薄汚れた無法地帯の地域に沈潜し、社会から拒絶された若者達・・が「アイデンティティー・クライシス」に苛まれていることを認め、「出自がどうであれ、彼らはみんな共和国の娘達であり息子達である」として、「敬意を抱くことなくして、また、原因が何であれ、人種主義・侮辱・虐待の増加を放置するならば、更に、差別という社会的害悪と戦わなければ、われわれは何も堅固なものを建設することはできない」と述べたのです。
その上でシラクは、5万人の若者に職業訓練を施し、雇用を提供する機関を2007年までにつくる等の対策(注4)を講じる、と約束しました。そして、政府だけでできることには限りがあるとして、「メディアはフランスの現在の現実をよりよく反映させなければならない。・・私は各政党の党首にもそれぞれ応分の責任の担うべきだと言いたい。国会議員は、フランスの多様性を反映した構成でなければならないのだ。」と呼びかけたのです。
(以上、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-chirac15nov15,0,2313715,print.story?coll=la-home-headlines(11月16日アクセス)による。)
(注4)このほか、移民地域に設立された会社に対する税の減免、再就職した失業者に対する一時金及び1年間に及ぶ毎年の補助、5,000人の教員や教員助手の追加的投入、10,000人への奨学金の授与、地域を離れて勉強に専念した人々への10校の全寮制学校の設置が約束された。
英国の黒人コラムニストのヤンギ(Gary Younge)は、上記シラク演説の直後、大要次のようなコラムをガーディアンに上梓しました。
暴動を起こした青年達を非難するのは簡単だ。
確かに彼らは、警官隊に向かって銃を撃ち、全く罪のない人を一人殺し、店舗を壊し、無数の車を燃やした。(もっとも、フランスでは大晦日に毎年平均して400台の車が燃やされることを考えれば、それほどべらぼうなことが行われた、というわけではない。)
しかし、暴動を起こしたのは、彼らが、(人種や民族に係るデータを集めることは法律違反であり共和国の原則に反するが故に)統計上不可視であり、政治的に代表されていない(フランスにはただ一人も非白人の国会議員もいない)ことに鑑み、彼らの苦境をどうしても知ってもらいたかったからだ。そして彼らはこのねらいをみごとに達成し、ついに政府は差別の存在を認め、対策の必要性を認めたわけだ。
もとより暴動は良いことではないが、非暴力的手段を尽くした上で、あるいは非暴力的手段が閉ざされている場合に、弱者に残された最後の手段が暴動なのであり、フランスの移民の青年達は、まさにこの手段を行使し、しかも勝利したのだ。
(以上、http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1641907,00.html(11月15日アクセス)による。)
米英、就中英国のプレスの論調が正しかった理由の第二は、英国における少数民族統合政策(すなわち差別対策)が成功しており、少数民族がどんどん白人社会にとけ込みつつあることが、11月に公表されたマンチェスター大学の調査報告書で改めて明らかになったからです(http://www.guardian.co.uk/race/story/0,11374,1642915,00.html。11月16日アクセス)。
つまり、どう見ても現状では、フランスの差別状況の方が英国よりも深刻であると言わざるをえないのです。
ただし、暴動は収束に向かっているし、フランス政府も改心したことから、万事めでたし、ということには残念ながらなりそうもありません。
フランスの一般大衆の間では、暴動に怒り、嫌気がさし、反移民的・右翼的ムードが高まっている(http://www.csmonitor.com/2005/1116/p06s01-woeu.html。11月16日アクセス)からです。
今後見通しうる将来にわたって、フランスは、この理性(エリート)と感情(大衆)のねじれ現象に苦しめられることになりそうです。