太田述正コラム#957(2005.11.20)
<正念場の胡錦涛政権(その4)>
日本ですら、そんな議論が出ているくらいですから、日本以外の旧漢字文化圏では、この文化圏が儒教文化圏とイコールであることは当然視されています。
アジアタイムスに掲載された論説(http://www.atimes.com/atimes/China/GK16Ad01.html。11月16日アクセス)の中で、英国人とおぼしきクローウェル(Todd Crowell)記者は、儒教は近代化と相容れないとマックス・ヴェーバーも、中国共産党創設者の陳独秀も主張したけれど、彼らは完全に間違っていた、と記しています。
話は逆であって、21世紀初頭の現在、世界で最も資本主義が栄えているのは儒教文化圏内の日本・韓国・台湾・香港・シンガポール、そして中共である、というのです。
何となれば、儒教が謳っているところの、自己規律・社会的調和・家族の強い絆・教育の重視、は、近代化ないし資本主義化を促すからである、というわけです。
クローウェルは、こういうわけで、儒教は今や世界的に注目されるところとなっており、中共の胡錦涛政権は、儒教を復権させることによって、貧富の差が甚だしいものとなっている現在の中共において、社会的調和の観念を喚起し、弱者救済と拝金主義の打破を行おうとしている、と指摘しています。これによって、中国共産党は、共産主義を廃棄した後のイデオロギー的空白の回復を埋めることができ、「天命」を受けているとして、同党による支那支配を正当化できよう、とも指摘しています。
私は、これに加えて、前に指摘したように、胡錦涛政権は、中共の勢力圏拡大にも儒教を活用しようとしている、と見ているわけです。
儒教はそのままでは自由・民主主義とは相容れない部分が少なからずありますが、儒教に男女差別的側面を排する等の改訂を加えた上で、孟子の放伐論・・一種の民主主義・・を正面から取り入れれば、強力なネオ儒教が生まれそうです。
まだアドバルーンを上げている段階の胡錦涛政権が、最終的にいかなる姿のネオ儒教を打ち出すか、注目されるところです。
2 日本はどうすべきか
以上、ご紹介してきたところの、端倪すべからざる胡錦涛政権の動きに対し、日本はどうすべきなのでしょうか。
第一に、今般の来日時に、ブッシュ米大統領が、中共に対し、台湾の自由・民主主義を見習えと呼びかけた(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2005/11/18/2003280623。11月19日アクセス)ことに倣って、日本政府が中共に対し、歴史にこだわるのであれば、日本の明治維新以来の自由・民主主義化の歩みにこそ着目し、一歩でも二歩でも日本の自由・民主主義の現状に近づいて欲しい、と呼びかけ、その文脈の中で胡耀邦復権を高く評価し、一日も早い天安門事件の再評価を促すことです。
第二に、日本政府が米国に気兼ねをした腰を引けた対応をやめ、名実ともに東アジア共同体構想の主導権をとることです。
そのためには、既に東アジア共同体構想の共通理念となっている自由・民主主義を一層プレイアップする(注4)とともに、既に日本のソフトパワーが東アジア一帯を席巻していること(注5)((http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2005/11/17/2003280538。11月18日アクセス)を踏まえ、可及的速やかに吉田ドクトリンを廃棄し、米国の東アジアにおける軍事的負荷の軽減と、日本外交の自由度の回復を果たすことが望まれます。
(注4)その際、日本の学会の協力を得て、日本が儒教文化圏には属さないことを、明確に打ち出す必要がある。この点については、機会を改めて論じたい。
(注5)相対的に、東アジア一帯における米国のソフトパワーは低下傾向にある。なお、この地域で最近見られる韓流ブームは、広義の日本ソフトパワーの伸張現象であると解しうる。
前にも触れたように、日本が公共財としての域内軍事力を提供することによって、せめて東アジアと日米韓「同盟」条約の関係をEUとNATOの関係並に持っていかない限り、東アジアはその安全保障を全面的に域外国たる米国だけに依存し続けることとなり、東アジア共同体構想は、経済だけの片肺非行を続けることになるのであって、いつまで経っても単なる構想の域を超えることはできない、と私は思うのです。
時あたかも米国で、冷戦終焉時の頃を思い出させるような、孤立主義的風潮が高まっています(http://news.ft.com/cms/s/31e59b48-578b-11da-b7ea-00000e25118c.html、及びhttp://www.nytimes.com/2005/11/17/national/17cnd-survey.html?ei=5094&en=4f98da150a25d367&hp=&ex=1132290000&partner=homepage&pagewanted=print。どちらも11月18日アクセス)。
これは、直接的にはイラクにおける困難な情勢がもたらしたものですが、いまだアルカーイダ系テロリストの脅威が健在であるにもかかわらず、孤立主義的風潮が高まっていることは、このままこの風潮が確立する可能性もあることを示唆している、と私は考えています。
そもそも、米国の一国覇権状況が永久に続くはずがありませんし、既に米国の「没落」の兆候は各所に見出すことができます。
日本の一刻も早い「改心」が待たれます。
(完)