太田述正コラム#978(2005.11.30)
<崩壊しつつあるフィリピン(その4)>
(4)増大しつつあるイスラム教徒
ミンダナオ島を中心にフィリピン南部にイスラム教徒が約400万人いますが、1970年以降、約20万人のカトリックからイスラム教への改宗者が出ており、その動きは加速しつつあります。イスラム教は現在、フィリピンで最も教徒の増え方の大きい宗教(宗派)なのです。
きっかけは1970年代にフィリピン人が中東に出稼ぎに行くようになったことです。
イスラム教徒に改宗すれば、現地でキリスト教徒差別の対象とされなくなってよりよい職に就けるようになったり、中東の慈善団体にわたりをつけて、故郷の金づるにしたりすることができるからです。もちろん、カトリックに飽き足らなくて、純粋に新しい信仰を求めた人も中にはいました。(原理主義的キリスト教諸派もフィリピンで教徒数を増やしています。)いや、新しい信仰ではない。カトリック伝来以前には、フィリピン人の大部分はイスラム教徒だったのであり、昔に回帰するだけだ、という思いの人々も少なくありません。
フィリピン治安当局が困っているのは、彼らは、(当然のことながら、)人種的にカトリック教徒と全く見分けがつかないため、その中からイスラム分離主義組織の手先として、マニラで襲撃や爆破事件を実行する者が出てきていることです。
(以上、http://www.csmonitor.com/2005/1128/p07s02-woap.html(11月28日アクセス)による。)
5 米国との関係の緊密化
フィリピン政府の、分離主義組織を対象としたマッチポンプ策(注2)に米国が阿吽の呼吸で呼応することで、このところ、フィリピンと米国は軍事面で急速に緊密化しつつあります。
(注2)フィリピン政府は、分離主義組織だけでは、いささか迫力不足なので、かねてより地下で活動してきたフィリピン共産党(Communist Party of the Philippines =CPP)やその軍事部門である新人民軍(New People’s Army =NPA)等も分離主義組織並びのテロリスト団体と位置づけ、フィリピンが自由・民主主義世界と国際テロとの戦いの最前線の一つであることのプレイアップに努めている。
フィリピン側の目的は、既に述べたように、米国からの軍事・経済援助の獲得です。他方、米国側の目的は、グローバルは米軍の補給拠点ひいては前方展開拠点の確保です。
フィリピンは独立以来、旧宗主国の米国と安全保障条約(1951 Mutual Defense Treaty =MDT)で結ばれ、にスービック海軍基地(Subic Naval Base)とクラーク空軍基地(Clark Air Base)を提供してきたのですが、反米感情の高まりを受けて1991年にフィリピン上院が基地提供を拒否し、翌1992年に米軍はフィリピンから撤退しました。
変化が起こったのは1999年です。比米訪問部隊協定(RP-US Visiting Forces Agreement)が締結され、比米共同演習がフィリピンで再び行われるようになったのです。
2003年には相互補給支援協定(Mutual Logistics Support Agreement=MLSA)(注3)が締結されます。この時、当時のフィリピン副大統領は、これが米軍駐留復活につながりかねないとして、締結に抗議して辞任しています。
(注3)事情があってフィリピンだけについてはこの名称が用いられることになったが、一般にはACSA( Acquisition and Cross-Servicing Agreement)と呼ばれる協定のこと。米国はACSAを韓国・日本・マレーシア・シンガポール・オーストラリアを含む太平洋地区の9カ国と締結している。
そして、爾後、それぞれ1週間から6ヶ月間にわたる比米共同演習を年間18回行うことによって、常時少なくとも2,000人の米軍兵士と米特殊作戦部隊がフィリピンに滞在するという態勢が維持されています。しかも、単なる演習のはずなのに、比米両軍は、しばしば一緒に分離主義組織平定作戦を実施しています。
2003年には、フィリピンは、米国の要請に応えて、自国に滞在する米軍兵士を国際刑事裁判所の管轄権から除外する措置をとりました。
ごほうびとして、米国は、経済援助の大増額を約束するとともに、同じ年、フィリピンにNATO
以外の主要同盟国(major non-NATO (North Atlantic Treaty Organization) ally=MNNA)の地位(注4)を与えたのです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.cyberdyaryo.com/features/f2002_1122_01.htm(11月30日アクセス)、http://www.atimes.com/atimes/Southeast_Asia/FJ07Ae02.html(2004年10月7日アクセス)による。)
(注4)アジアでは日本と韓国に次いで三番目であり、フィリピン政府は胸を張っている。ちなみに四番目はタイとなった。(http://bangkok.usembassy.gov/apec2003/factsheetmnna.htm。11月30日アクセス)
(続く)