太田述正コラム#9862005.12.5

<黒人とイスラム教徒の悲劇(その2)>

3 ドイツのイスラム教徒の悲劇

 (1)現状と問題点

 ドイツのイスラム教系移民について、シュナイダー(Peter Schneider)という著述家がドイツ語で書いた記事が、英語に翻訳されてニューヨークタイムスに掲載(http://www.nytimes.com/2005/12/04/magazine/04berlin.html?pagewanted=print12月4日アクセス)されています。

この記事の要旨を、部分的に私の言葉に直して、ご紹介しましょう。

 ドイツでは、先般のフランスでの移民の暴動のようなことはほとんど起こっていません。

 英国よりも徹底した、野放図な多文化主義をドイツはとってきました。

 移民がいかなる慣習を持っていようと、一切干渉をしない、超寛容主義です。

 ユダヤ人迫害が高じてホロコーストまで引き起こした過去の反省がしからしめたのです。

 しかし、次第にドイツの非移民の人々はイスラム系移民に違和感を覚え始めるようになってきました。

 とりわけ、イスラム系移民の女性差別についての違和感です。

 非移民の女の子が、同級生のイスラム系移民の女の子と親しくなって、今日は泊まっていけと言って、相手の女の子は同意しても、夜10時にもなると、父親が怖い顔をして迎えに来ます。

 また、学校では、イスラム系移民の女の子が、生物や体育や水泳や野外学習に参加することを拒むことがめずらしくなくなりました。

 真夏でも、スカーフを深々と被って長いコートを着たイスラム系移民の女性も増えてきました。

 そのうち、彼女達が、家で、抑圧され、疎外され、監禁され、ひどい体罰を受けていること、つまり彼女たちが奴隷的境遇に置かれていることが知られるようになってきました。

 また、彼女達が、親が決めた相手(当然イスラム教徒たる移民か出身国人)との結婚を強要され、いやがれば暴力が加えられ、そして相手には強姦され、結婚せざるを得ない状況に追い込まれる、ということも知られるようになってきました。

 しかし、事態は次第に深刻化して行きます。

 強制的に結婚させられた女性が、嫁ぎ先から逃亡すると、このような女性に対し、名誉殺人(honor killing)が、自分の両親や兄弟の手によって行われるようになり、最初の内はことが露見しなかったのですが、女性の方も防御的手段を講じるようになると、やがて殺人が露見するようになってきたのです。この9年間で、露見した名誉殺人は49人にのぼり、うち18人はベルリンで殺されています。

 しかも、学校でイスラム系移民の子供達は、このような名誉殺人を当然だと公言したり、「正しい」服装をしていない移民の女の子をいじめることもめずらしくなくなってきています。

 現在、イスラム系移民の40?50%が規則正しくモスクに行っていると考えられていますが、モスクでの説教内容には過激化傾向が見られ、つい最近修正されるまで、あるモスクのホームページでは、9.11同時多発テロを讃美し、女性は低級な人間であり同性愛者は獣であるとする記述が掲載されていました。

 一体どうしてそんなことになってしまったのでしょうか。

 戦後西ドイツは、人手不足を補うために諸外国から広く単純労働者を募りました。

 その過程でイスラム系の労働者達、特にトルコ人やクルド系トルコ人が多数西ドイツにやってきました。

 その労働者達は、次第に西ドイツに定住し、帰化するようになります。そして、彼らはトルコから家族を呼び寄せたため、イスラム系移民の数が増え続けます。

 やがて西ドイツ経済の成長に陰りが見え始め、1973年には、西ドイツは単純労働者の受け入れを中止するのですが、その後も家族の呼び寄せは続き、イスラム系移民の出生率が高いこともあって、東西ドイツ統合後もその数の増大は続き、現在約300万人に達しています。

 問題なのは、トルコではケマリズムの下で、イスラム教が原理主義化しないように、国家が厳しく干渉しているのに、ドイツでは全くそのような干渉がないので、イスラム教の原理主義化がどんどん進行していることです。

 そもそも、トルコ移民はトルコの田舎の出身者が殆どで、田舎はもともとイスラム教の原理主義的傾向が強いところであった上に、ドイツ在住のトルコ系の男達の多くは、トルコの田舎からカネで買った花嫁を呼び寄せていることが、ドイツでのイスラム教の上記原理主義化を後押ししています。

 2001年には、ベルリン地区のイスラム系移民は、学校で公費で講師を雇ってイスラム系移民の子弟にイスラム教教育をする権利を裁判所でかちとりました。この教育は、イスラム系子弟のドイツ語力に問題があるとして、トルコ語やアラビア語で行われることも多く、教育内容がチェックできていないのが実態です。

 現在ドイツの失業率は12%にも達していますが、生活保護(新しくドイツにやってくるイスラム教移民の70%は即日生活保護受給者となっている)が充実し、社会保障が完備しているドイツで、イスラム系移民は、何の憂いもなく、我が世の春を謳歌しているのです。

 そして、彼らは、非移民のドイツ人達を堕落した輩と軽蔑し、ドイツのために彼らが何をすべきかなど全く考えず、ドイツの非移民達と統合することはもとより、交わることすらしようとしないのです。

 しかし、9.11同時多発テロ以来、ドイツの非移民達の中から、こんな状態に強い危機意識を抱く人々が出てきて、非移民達のイスラム教観ないしイスラム教徒観は、急速に厳しくなりつつあります。共産主義がスターリン主義化するように、イスラム教もほっておけば過激な原理主義的イスラム教となるし、そもそもイスラム教そのものが女性差別等の前近代的要素を内包している、だからイスラム教自体を変えてその世俗化を図る必要がある、という見方が市民権を得つつあるのです。

 

 (2)所見

 イスラム系移民問題に関し、ドイツはフランスの一周先を走っています。

 ドイツが、フランス以外の西欧諸国を代表して、フランスのためにも、イスラム系移民問題への正しい取り組み方を発見することを期待しましょう。

(完)