太田述正コラム#1010(2005.12.20)
<現在のイランを見て思うこと(その1)>
(「第2回 まぐまぐBooksアワード」の投票ができるのは後わずかです。
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今回の投票結果が、昨年と変わらず12位(あるいはそれ以下)で終わるようであれば、今年一杯で本コラムの執筆は取りやめ、来年のしかるべき時期から、本コラムの本数を大幅に減らした上で、有料コラムとして再開を期したいと思います。他方、10位以内に食い込めば、無条件で本コラムを続けます。
ただ、昨夜から今朝にかけて、ものすごい勢いで、はるか下位から一挙に上位に上がって行ったお化けコラムがあるので、上記順位は1位ずつ繰り下げたいと思います。)
1 始めに
現在のイランを見てつくづく思うのは、二つのことです。
民主主義は恐ろしいということと、宗教は恐ろしいということです。
以下、順次見ていくことにしましょう。
2 民主主義の恐ろしさ
(1)イランによる問題提起
10月末にイスラエルの抹殺を叫んだアフマディネジャド(アフマ)イラン大統領(コラム#924)は、12月上旬にホロコーストの実在に疑問を投げかけた(コラム#994)かと思ったら、14日には、今度は明確にホロコースト否定論を開陳しました。
すなわち彼は、600万人のユダヤ人が第二次世界大戦中に殺戮されたというのは神話だとした上で、欧米諸国では、「誰かが神の存在を否定し・・更に預言者の存在や宗教を否定したとしても、誰も気にも留めない」とし、「しかるに、仮に誰かがユダヤ人の殺戮という神話を否定しようなら、全てのシオニストの宣伝機関やシオニストに服従する政府は、その者に対し、喉が張り裂けんばかりにありったけの声で叫ぶ」と述べたのです。
これに対し、さっそくイスラエル、EU、ドイツ、ポーランド、各当局から非難の声が挙がりました(注1)。
(以上、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/12/14/AR2005121402403_pf.html(12月16日アクセス)による。)
(注1)さっそく、ガーディアンが本件のブログを開設した(http://blogs.guardian.co.uk/news/archives/2005/12/14/goodbye_vienna.html。12月15日アクセス)が、激しいやりとりがなされた投稿中、一つとしてホロコースト否定論に立ったものがなかったのは特筆されるべきだろう。
イスラエル抹殺発言の時にもアフマを批判したサウディは、今回も、「第二次世界大戦中にナチスドイツによって600万人のユダヤ人が殺戮された・・ホロコーストは史実であって、これを否定することはできない」(駐米大使)として、アフマの発言を批判しました(http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/12/15/AR2005121501727_pf.html。12月17日アクセス)。
ここで忘れてはならないことは、イランに限らず、イスラム世界、就中アラブ世界では、反ユダヤ=反イスラエル主義(ホロコースト否定論はその一環)が蔓延しており(注2)、各国政府がその世論を刺激することを懼れてアフマの一連の発言に対し沈黙を保っている中で、サウディだけが批判を回避していない、という点です。
(注2)サウディも例外ではない。誰もユダヤ人とは握手したいと思っていないし、小さな子供でも、ユダヤ人は猿か豚の類だと思っている。哀れむべきは、このようなイスラム世界の反ユダヤ主義は、近現代においてキリスト教世界たる欧州やロシアから輸入されたものであって、イスラム教がユダヤ人に寛容であった過去の伝統を否定するものであるということだ。現在イスラム世界で広く信じられていること・・ユダヤ人はキリスト教徒の子供の血を過ぎ越しの祭りで使うとか(blood libel)、世界を支配ようとするユダヤ人の陰謀がある(Protocols of the Elders of Zion)とか・・はその典型だ。(http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,5673,1666871,00.html。12月15日アクセス)。
(2)民主主義の恐ろしさ
さて、現在のイランはまぎれもない民主主義国家であり、アフマも民主的に選ばれた大統領です。そのアフマは、単にイランの圧倒的多数の国民の意見・・ただし間違った意見・・を代弁しているだけなのです。
他方、サウディは専制国家です。もっとも、この点ではどのアラブの国も似たようなものです。違うのは、サウディは強力な専制国家である点です。だから、サウディはアラブ諸国の中では例外的に、自国やアラブ世界の圧倒的な意見に逆らい、その意見は間違っている、とはっきり言うことができるのです。
げに民主主義は恐ろしい、と思いませんか?
民主主義「国家」が無謀な戦争を起こして破滅した例は史上いくらもあります。
ペロポネソス戦争(Peloponnesian War)は、専制「国家」スパルタが民主主義「国家」に開戦したところから始まった(注3)わけですが、この戦争にアテネが敗れる契機となったのが、戦争の最中に、熱狂にかられたアテネ民衆がしぶる将軍達に命じて行わせたシシリー島への遠征であったことはよく知られています(コラム#908)(注4)。
(注3)もっとも、開戦したのがアテネ側であっても少しもおかしくはなかった。ヘロドトスは、アテネの数千の自由民達を戦争に誘う方が、スパルタの少数の懐疑的な支配者達を戦争に誘うより簡単だと記している。
(注4)ソクラテス・プラトン・アリストテレスの哲学は、いずれもアテネの民主主義批判が出発点となっている。
(続く)