太田述正コラム#1023(2005.12.30)
<キリスト教と私(その4)>
(4)キリスト教と民主主義
キリスト教徒が多数を占め、あるいは少なくともその社会のリーダーの中にキリスト教徒が多い社会でないと、民主主義は機能しない、と信じ込んでいる人物は、マッカーサーやハンチントン等、米国人に多い、と以前(コラム#6で)指摘したところです。
しかし、上記の条件に全く合致しないインド・・しかも世界第二位の人口大国インド・・で民主主義が機能していること一つとっても、このような思いこみが誤りであることは明らかです。
(5)その後
こういうわけでその後は、キリスト教と民主主義の結びつきについてはともかくとして、キリスト教と科学ないし資本主義との結びつきについては、余り語られなくなります。
代わって登場したのがキリスト教のキの字も出てこないところの、約40年前に唱えられた、カナダ生まれで米シカゴ大学名誉教授の歴史家マクニール(William McNeill。1917年?)の、欧米の興隆の原因をその「絶え間ない戦争」・「卓越した航海技術」・「伝染病に対する耐性」、に求める説( The Rise of the West: A History of the Human Community, 1963) (http://en.wikipedia.org/wiki/William_McNeill。12月30日アクセス)や、最近唱えられたばかりの、米国の科学作家にして米UCLAの生理学教授のダイヤモンド(Jared Diamond。1937年?)の、欧米の興隆の原因をその伝染病・技術(火器・鉄製武器・艦船等)・家畜(馬等)等に求める説(Guns, Germs, and Steel, : The Fates of Human Societies, 1997。邦訳あり)(http://en.wikipedia.org/wiki/Jared_Diamond及びhttp://dannyreviews.com/h/Guns_Germs_Steel.html(どちらも12月30日アクセス)等です。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.nytimes.com/2005/12/25/books/review/25meacham.html?pagewanted=print前掲による。)
(6)ロドニー・スタークによる議論の蒸し返し
ア 始めに
ところが、キリスト教が欧米文明を形成しその世界制覇を可能にした、という時計の針を巻き戻したような議論を今年上梓した著書、"The Victory of Reason"展開して話題になっているのが、現在米国を代表する宗教社会学者の一人であるロドニー・スターク(Rodney Stark)米ベイラー(Baylor)大学教授です。
イ 理性と科学
スタークは、既に2?3世紀のキリスト教神学者であるテリトゥリアヌス(Quintus Tertullian。155??230?年)や4?5世紀のキリスト教哲学者であるアウグスティヌス(前出)が、理性を通じて人類は聖書や神について一層正確な理解を得ることができると主張していたと指摘し、このようにキリスト教が理性的な宗教であったことが、欧米における科学の発展をもたらしたと主張します。
ウ 理性と民主主義
またスタークは、初期のキリスト教哲学者達は既に、個人の平等と権利を神学的理論として提示していた、と主張します。
エ 理性と資本主義
更にスタークは、資本主義の本質は、理性を商業に体系的・継続的に適用することであり、資本主義もまた、理性的な宗教であるキリスト教の産物である、と主張します。
スタークはここで再びアウグスティヌスに言及し、アウグスティヌスが、人類が成し遂げた驚くべき進歩はことごとく神が人類に与えた理性の賜である、と記していることに注意を喚起します。そして、1306年のフィレンツェの教会におけるドミニコ会修道僧ジョルダーノ(Fra Giordano)の、「視力を改善する眼鏡をつくる技術(art)が生まれてからまだ20年経っていない。これは世界で最もすばらしく最も必要な技術の一つだ。・・<しかし、>すべての技術が既に発見されたわけではないし、そもそも、われわれはいつまで経ってもすべての技術を発見し尽くすことはありえないだろう」という説教(http://www.antiquespectacles.com/statements/1600.htm(12月30日アクセス)も参照した)は、キリスト教の理性と進歩への思い入れがいかほどのものかを物語っていると指摘しています。
その上でスタークは、資本主義が呱々の声を挙げたのは大修道院においてであったと主張します。
(以上、特に断っていない限りhttp://chronicle.com/temp/reprint.php?id=tqm4xd5mqkk5px43d968m19qmf4w3g5y前掲による。)
(続く)
北米等在住の当コラムの読者の方々は既に御存知と思いますが,当該コラムで紹介されていた米UCLA生理学教授ダイヤモンドの”Guns, Germs, and Steel”は,TV番組化され米公共放送局PBSで今秋放映されました(3部構成).PBSの網站に当該番組の詳細な網頁(http://www.pbs.org/gunsgermssteel/)があります.