太田述正コラム#10242005.12.31

<米国人の信心深さの原因>

1 米国の人々の信心深さ

 2002年の世論調査によれば、米国人の59%が宗教は重要だと考えているのに対し、カナダ人は30%、フランス人は11%、ドイツ人は21%、イタリア人は27%、英国人は33%しか重要だとは考えていません。

 確かに、発展途上国では宗教が重要だと考えている人は多く、アジアでは約90%、アフリカでは約80%、中南米では約70%がそう考えているのですが、米国人の信心深さは、一般に世俗化傾向が進展するとされる先進国の中では際だっています。

 (以上、http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,12271,863996,00.html20021221日アクセス)による。)

 しかも、米国ではキリスト教徒が人口の8割弱を占め、その四分の三強はプロテスタントです(http://www.teachingaboutreligion.org/Demographics/map_demographics.htm#The%20Big%20Picture1231日アクセス)

が、プロテスタントの間で原理主義化傾向が進展しています。

 つまり、米国には信心深い人が多く、しかも、その信心深さの程度は増してきているということです。

 一体どうして米国の人々は、かくも信心深いのでしょうか。

 私の仮説は、米国人が、世界で最も赤ちゃんと添い寝(cosleep)をしない人々からだ、というものです。

2 添い寝をしない米国人

 (1)世界で最も添い寝をしない米国人

 米国では、赤ちゃんと添い寝をしない、つまり赤ちゃんを別室で独り寝させる母親が四分の三を占めています。

 ところが、世界全体で見ると、添い寝をする母親が実に90%を占めています。

 米国では添い寝をする母親がこの10年で3倍に増えたというのに、世界との間ではまだこれだけギャップがあるのです。

18世紀末までは、世界中が添い寝派でした。

ところが、その頃から欧米だけでは、独り寝派が多数を占めるようになったのです(注1)。

(注118世紀末は、欧州諸国が英国に近代化において決定的に後れをとっていることを自覚し、英国に追いつくために「個人主義」を含め、何でも英国のものを取り入れようとした時期にあたる。(個人主義が英国発祥であることについては、コラム#88参照。)恐らく、独り寝派が英国の多数を占めているという誤解の下、独り寝させることが子供に独立心を植え付け、もって英国の個人主義社会の再生産を可能にしている、との思いこみの下に、欧州諸国に独り寝派が広まったのではないか。

いずれにせよ、主義として独り寝派を宣言することとそれを実践することとは別問題であり、現在の欧州諸国はもとより、英国でも実際に赤ちゃんの独り寝を実践している両親は少数であることからして、18世紀の英国においても、実態がそれほど違っていたとは思われない。

 (2)添い寝は独り寝に勝る

 同じアングロサクソン(個人主義)文明に属しながらも、米国の方が英国よりもはるかに独り寝を実践する両親が多いのですが、これには、(米国だけでなく日本を含め世界で、)その育児論で著名な米小児科医のスポック(Benjamin Spock1903?98年)博士とか、最近ではボストンの子供病院の院長をしているファーバー(Richard Ferber)医師(注2)が、独り寝を強く推奨したことがあずかっていると考えられ、80年代までには、米国では添い寝は、口にすることすらタブーになりました。

 (注2代表作は1985年の著書Solve Your Child’s Sleep Problems。赤ちゃんを独り寝へとしつける方法を説いた。この方法を、同医師の名前をとってFerberizingと言う。

 しかし、90年代に入ると米国で、添い寝派の勇気ある反撃が始まります。

すなわち、独り寝派が、添い寝したいということ自体が病だ・添い寝は子供の独立を阻害する・寝返りで子供を窒息させる懼れがある・子供の夜泣きに耐えられないというのは精神的な弱さの表れだ・添い寝派のホンネは配偶者とのセックスを回避するところにある、などと主張してきたことに対し、添い寝賛成派は、独り寝派は子供に独立心を植え付けることへの強迫観念にとらわれている・一緒に寝ることをすぐセックスと結びつけて考えること自体が異常だ・気持ちがいいことをしないのはおかしい・母乳を与えやすい、などと反論するようになったのです。

やがて、実証研究の結果、次のような事実が明らかになってきて、独り寝派の旗色が悪くなってきました。

独り寝をしている子は、添い寝をしている子に比べて、母親との安定した絆が構築できなかったり、おしゃぶり等に執着する率が高い・・つまり、自信がなくて依存心が高く独立心に乏しい・・という傾向が見られる。

突然死の発生率は、添い寝文化の地域の方が独り寝文化の地域よりも低い。同じことが、同じ社会で添い寝と独り寝を比べた場合でも言える。これは、添い寝する母子は、お互いに影響し合っており、非常に良く似た睡眠と覚醒のパターンを示すところ、添い寝は子供の呼吸パターンや、中枢神経、心臓血管を守る役割を果たしているからであると考えられている。

添い寝をする母親は、夜を通して頻繁に乳児に授乳しているが、それを母親自身は朝目覚めたときにほとんど覚えておらず、赤ちゃんに独り寝させた時よりも、添い寝した時の方がより熟睡感があることが分かった。また、添い寝をする母親は、母性本能が充足させられて精神的に安定することも、また無制限の夜の授乳とあいまって、妊娠間隔が開き、母体が(独り寝させる母親に比べて、より)保護されることも分かった。

その後、ファーバー医師が、赤ちゃんによっては添い寝してもかまわない、と言い出したこともあって、このところ米国でも次第に添い寝派が着実に増えつつあるのです。

(以上、http://www.slate.com/id/2133349/http://www.slate.com/id/2020/http://www.babycenter.com/expert/baby/babysleep/8117.htmlhttp://www.sweetnet.com/cosleep.htm及びhttp://www.nytimes.com/2005/12/29/fashion/thursdaystyles/29sleep.html?pagewanted=print(いずれも1231日アクセス)による。)

3 再び私の仮説について

 「自信がなくて依存心が高く独立心に乏しい」人間に育った米国の人々が、宗教に依存し、宗教にのめり込むのは当然だと私は思うのですが、いかがでしょうか。

 21世紀における最大の課題の一つは、脱宗教化=世俗化の推進であると私は考えていますが、イスラム世界における世俗化の推進に勝るとも劣らない重要性があるのが、世界の覇権国たる米国における世俗化の推進です。

 とはいえ、そのことを直截的に米国の人々に言っても、彼らが耳を貸すわけがありません。

 となれば、米国の人々にあらゆる機会をとらえて、独り寝の弊害を吹き込み、添い寝を普及させることしかないのではないでしょうか。