太田述正コラム#11019(2020.1.1)
<丸山眞男『福沢諭吉の哲学 他六篇』を読む(その12)/私の現在の事情(続X125)>(2020.3.23公開)
というのも、「危険思想を教えている」という噂が立つのを少しでも抑えるという観点からは、「船山」という名前のまま、塾を復活させた方が無難だったと思われるのに、毛沢東があえて全く違った名前を付けていること、その毛は、王夫之が李卓吾を天敵視していたことを船山学社の関係者達から聞く機会が当然あったと思われ、当時、李卓吾への関心を改めて掻き立てられたはずであるところ、政権奪取後、雷鋒のような、兵士でありながら人間主義者としての事績しかなくしかも若くして亡くなった人物を偶像化した
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9B%B7%E9%8B%92
ことからも分かるように、(蒋介石のように日本文明の弥生性だけではなく、)日本文明の縄文性にも注目したことからして、毛沢東が、(西郷は陽明学と朱子学とを共に学んだところ、)陽明学者であった李に、童心、すなわち万物一体の仁、を熱心に唱えた李に、私淑しなかったはずがない、と、私には思えるからだ。
となれば、「新文化運動時期に[中国共産党の初代総書記を務めた
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%99%B3%E7%8B%AC%E7%A7%80 ]
陳独秀・・・らの急進的な知識人によって儒教は「近代化の障害物」として批判された<にもかかわらず、>孔子祭典は孔子一族及び一部の保守的な知識人などによって1948年まで継続され<ていたというのに、それが、毛沢東によって、>1949年<の>中華人民共和国成立後、民衆レベルの祖先祭祀と共に禁止され<、また、>毛沢東が組織した文化大革命時代には儒教思想は毛沢東の「革命の障害物」として全国レベルで徹底的に弾圧され、各地の孔子廟なども閉鎖または破損された」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jasca/2017/0/2017_B15/_pdf/-char/ja
という、プレ毛沢東時代の中国共産党よりも更に強硬な儒教批判を続けたところの、毛沢東時代の中国共産党は、(プレ毛沢東時代の中国共産党同様、前述したように)儒教党ともいうべき、孫文や蒋介石の中国国民党、や、その多くが儒教にシンパシーを抱いていたところの中国共産党に敵対的な知識層、を攻撃するための有力な手段の一つとして日本(諭吉?)由来の儒教批判を活用したということであって、それは、毛沢東に関しては、全く心にもない方便以外の何物でもなかった、のではないだろうか。
そして、そんなことは、毛沢東の後継者達にとっては自明であったからこそ、時至れり、と、平然、と、胡錦涛は孔子/儒教の名前を復活させ、習近平はその中身を復活させた、と、私は見ている次第だ。
但し、復活させたその中身は、人間主義に立脚したところの、陽明学、に重心を置いたものでもあって、まさに、毛沢東自身の志向に合致している、とも。
今年12月23日に「江西省贛州市<(注13)主催の・・・王>陽明文化の対外交流イベントが東京で開催<され、>・・・元日本国駐中国大使の阿南惟茂氏<が>・・・挨拶を行<った>」
http://j.people.com.cn/n3/2019/1224/c94638-9643343.html
というのだが、阿南氏が、あの杉山構想の実現に杉山共々命を捧げて潔く散った阿南惟幾の令息であるところ、
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%98%BF%E5%8D%97%E6%83%9F%E8%8C%82
数多い日本の駐中大使OB達の中で彼に声をかけた中共側の意図が私にははっきり分かる、と申し上げておきたい。
(注13)「贛州市は、王陽明が「立德・立功・立言」の思想を実践し、心学を形成し、「知行合一」の思想を成熟させた重要な場所」
https://www.afpbb.com/articles/-/3261023
なお、王陽明は、「青年時代には・・・武術に熱中し、26歳の時には辺境問題の解決には軍略も必要だと考え、自らその任に当たるべく兵法を修めた」
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8E%8B%E9%99%BD%E6%98%8E
というわけで、儒者たる士大夫としては珍しいことに万物一体の仁(人間主義)、すなわち、縄文性、を重視したことに加え、極め付きに珍しいことに、弥生性まで重視した、という事実を銘記されたい。
毛沢東が隠れ陽明学徒でなくてどうする、と言いたいくらいだ。
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(続く)
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–私の現在の事情(続X125)–
1 年末年始
20:00前後に訪れた2スーパーとも、おせちの詰め合わせは売り切れていて買えなかったので、半値や40%引きになっていた、おせち的な単品をいくつか買って帰り、1個だけ残っていた冷凍蕎麦の年越しそば(買ってきた海老天をトッピングした)を食べながら紅白を最初のうちはTVで4Kで、その後はパソコンで、視聴した。
21:00前から23:00頃まで視聴したのだが、ロックながらヨシキと共演した客演のKissの歌、や、ひばりの新作を引っ提げてのCG出演、特別出演のたけしの歌、が記憶に残っている。
生活パターンが朝型に変わったこともあり、深夜の初詣はパス。
以上が年末で、年始については、早朝から、TVを付けた時にたまたまやっていたところの、NHK4K放送の「人類誕生」シリーズがなかなか面白かった。
途中から見て途中で切ったのだが、初耳の話がいくつも出てきたからだ。
特に、feeling・・人間主義!・・の度合いと前頭葉の大きさ、が関係していて、前頭葉が発達した現代人類が集団行動に長けていて、大脳がよりデカかったが、もっぱら頂頭葉という、視角等を掌る部位が発達していて、かつ、がっしりした体格のキン肉マンだったネアンデルタール人に、生存競争で勝った、という話が印象的だった。
昼には、焼き餅に初めて発酵バターと高級ジャムを付けて食べてみたが、結構イケてて満足。
皆さんも、なんならお試しあれ。
2 電動歯ブラシと口腔洗浄機
未だに口腔洗浄機には手こずり、また、早くも同機の電源関係がオカシくなっているが、デンタルフロス/歯間ブラシを使っていた時と比べて、歯の間に挟まっている食べかすの取れ方が全然違うことに目を見張っている。
また、電動歯ブラシの方についても、使った後、歯がつるつるになり、これまた、普通の歯ブラシを使っていた時とは全然違う。
というわけで、今でも、歯医者がこれらを特段勧めることをしない理由が分からない。
やり過ぎ、行き過ぎ、の弊害、は確かにあるだろうが、それは、使い方次第で防ぐことができるのではなかろうか。
もっと早くからこれらを使わなかったのは残念だ。