太田述正コラム#10412006.1.11

<「アーロン収容所」再読(その7)>

 しかし、当時まで、(そしてアーロン収容所執筆まで?)海外滞在経験のなかった会田に、アングロサクソンと西欧の違いが分かっていない、と批判するのは酷だ、とおっしゃる方がいるかもしれません。

 確かに、アングロサクソンと西欧を(「欧米」として)一括りにするのは、当時の日本のインテリの「常識」であったし、現在ですらそうなのですから、ご指摘のとおり、ないものねだりかもしれませんね。

 しかし、この点は看過するとしても、問題はまだ残ります。

 一体、「アーロン収容所」のテーマは何なのでしょうか。

 英軍が日本兵に復讐を行ったということを広く知らしめ、これを糾弾したい?

 しかし、日本降伏軍人に対する英軍の復讐ぶりそれ自体は、既にご説明したように、目くじらを立てるほどのことではありません。

 糾弾するとしたら、日本人(当時日本国籍を持っていた朝鮮半島人及び台湾人を含む)の戦犯(戦犯容疑者を含む)に対する英軍の復讐ぶりです。しかし、これは連合軍による日本人BC級戦犯、更にはA級戦犯の取り扱いの過酷さに対する糾弾ということにならざるをえず、戦犯として過酷な取り扱いを直接経験したわけでもなく、また法学者でもない会田が出る幕はありません。そのことは、会田自身も自覚していたはずです。

 結局、会田にとって「アーロン収容所」のテーマは、会田を含む日本降伏軍人に対して英軍が行った「抑制された」復讐(注12)を通じてうかがえるところの、英国人の日本人に対する差別意識を(「家畜」なる表現を用いて大げさにプレイアップして)糾弾するところにあったに違いありません。

 (注12)英軍は、日本降伏軍人に対してだけでなく、降伏インド国民軍軍人に対しても、復讐のため、糞尿くみとりのような不名誉な作業を科そうとしたが、この種作業をインド国民軍は拒否し通したのに対し、日本軍はしぶしぶながら受け入れて実施した。インド国民軍の作業拒否が通ってしまったことからすれば、日本軍も断固拒否すれば通った可能性がある(事実関係は、36?37141頁による。)

ちなみに、日本の士官はすべての作業が免除されていた(208頁)が、英軍は、インド国民軍の士官には作業を科そうとした(141頁)。

(日本軍と違ってインド国民軍は英軍捕虜「虐待」を行ったわけではないが、英帝国に対する反逆罪を犯したことになる。英軍から見れば、どっちもどっちだ。)

 しかし、会田が「アーロン収容所」の中で挙げた様々な復讐事例(日本兵側が勝手に復讐されたと思いこんだものを含む)が、果たして本当に英軍の日本人に対する差別意識の現れであったかどうかについて、会田が最低限の検証も行っていない(注13)、という以前にも指摘した問題はさておき、会田が、日本人が他の民族に対して差別意識を持つことを咎めてはいないことは、問題であると思います。

 (注13)英軍の女兵士は、自分が全裸でいる部屋に日本兵が入っても気にしなかったが、「入って来たのがもし白人だったら、女たちはかなきり声をあげた大変な騒ぎになったことと思われる」(39頁)というくだりは、会田の勝手な思いこみに過ぎない。私は、入ってきたのが降伏ドイツ兵であっても彼女たちは気にしなかったと確信しているし、仮に入ってきたのが英軍兵士であったとしても気にしなかった可能性があるとさえ思うのだが、そんなことは、会田が帰国後、文献等にあたれば、分かったはずだ。「と思われる」としたまま、「アーロン収容所」を上梓した会田は社会科学者として怠慢である、と改めて言わせていただこう。

 もう少し丁寧に言い直しましょう。

会田は、英国人がインド人やビルマ人、とりわけ日本人に対して差別意識を持つことは糾弾する(注14)一方で、日本人がインド人やビルマ人に差別意識を持つことを咎めていません(注15)。これはやや露骨に申さば、日本人は他の民族を差別してもよいけれど、英国人を含む他の民族によって日本人が差別されることは許さない、ということであり、この「ヒューマニズム」に反する得手勝手な論理には私は違和感を覚える、と言いたいのです。

 

 (注14)日本兵に対するもの以外については、英軍兵士によるビルマ人の屍体の扱い方はネズミを扱っているかのようだ(56?57頁)、「英軍兵士は新兵でさえ、インド人に対しては士官であろうが下士官であろうが、まったく無視するような様子を見せていた」(117頁)、といった箇所を参照。

 (注15)「インド兵は・・「長いものには巻かれろ、或いは誰かがやってくれる」という態度が濃厚だった」(142頁)、「<日本の>兵隊たちがインド兵をだんだん軽蔑するようになったのもやむを得ないことだった。」(149頁)、「ビルマでは・・大人はあまり働かない。・・昼間でもぼんやりしている。」(185頁)といった箇所を参照。