太田述正コラム#1051（2006.1.19）

＜日独伊の「民主主義」と米国（その２）＞

　ドイツ帝国の議会は、大日本帝国憲法（以下、「旧憲法」という）下の日本の議会と違って、行政府が提出した法律の採否を議決するだけで、自ら法律をつくることはできませんでした。

また、ドイツ帝国の議会も旧憲法下の日本の議会同様、民選議員からなる下院と基本的に勅撰議員からなる上院の二院制であり、上下院の権限は独日両国とも同等でした。

ドイツ帝国の議会の上院（Bundesrat＝Federal Council）の約三分の一の議員は、ドイツ皇帝を兼ねていたプロシャ国王の代理人たる勅撰議員であり、上院は基本的に皇帝の支配下にありました。ということは、上下両院同等であっただけに、ドイツ帝国の議会は、上院を基本的に支配下に置いていた皇帝の意向に逆らうことは困難だったと言っても過言ではありません。

これに対し旧憲法下の日本では、大正デモクラシー時代以降、上院（貴族院）の政治的影響力は後退し、下院（衆議院）の優位が実質的に確立します。

つまり、ドイツ帝国の議会の民選議院（下院＝Reichstag）は、先の大戦時の日本の民選議員（下院＝衆議院）より弱い立場にありました。実際、下院の多数派が組閣するという議会政府（政党政治）がドイツ帝国で実現することは一度もありませんでした。

　（ただし、ドイツ帝国の下院議員は、1971年のドイツ帝国発足時から、男子普通選挙で選ばれていたのに対し、旧憲法下の日本の衆議院議員が、男子普通選挙で選ばれるようになったのは1925年であるから、この点に関しては、日本はドイツより半世紀近く「遅れた」ことになる。）

（以上、http://countrystudies.us/germany/28.htm（１月18日アクセス）、及びhttp://www.tabiken.com/history/doc/E/E176C100.HTM（１月19日アクセス）による。）

イタリア王国の議会についてはどうでしょうか。

イタリア王国の憲法（Statuto Albertino。1861?1946年）は、サルディニア（Piedmont-Sardinia）王国が1848年に制定した憲法（Savoyan-Piemontese constitution）がそのまま用いられました（http://www.italcultusa.org/DCFAQ.html。１月18日アクセス）。

サルディニア王国が1861年にイタリアを統一するのですが、1848年にイタリアの諸邦で一斉に制定された憲法の中で、唯一廃棄ないし効力停止することなく生き残っていたのがサルディニア王国憲法なのです。

フランスで７月革命の結果制定された1830年憲法が1848年に起こった２月革命によって廃棄され、フランスの君主制が最終的に打倒されるのですが、この革命がイタリアの諸邦にも波及したところ、諸邦で初めて憲法が制定されるには至ったものの、諸邦において君主制の廃棄には至らなかったことから、それらの憲法は、サルディニア王国憲法を含めことごとく、フランスでは廃棄された1830年の君主制憲法の焼き直しにとどまりました。

すなわち、イタリア王国（＝サルディニア王国）憲法では、人権規定はごくわずかしかなく、しかも、ごくわずかの人権についても種々の制約が課されました。また、議会は上下二院制で、上院は勅撰議員によって構成され、下院は男子制限選挙によって選ばれた議員で構成されました。

　これを要するに、イタリア王国憲法は、ドイツ帝国憲法に似た、しかしより非民主主義的な憲法である、と言ってよさそうです（注1）。

（注1）http://www.quirinale.it/costituzione/Preunitarie-testi.htmに条文が掲げられているが、イタリア語なので、どなたか、イタリア語のできる方に私の所見を検証していただけないものか。

　（イタリア議会下院の議員が男子普通選挙で選ばれるようになったのは、第一次世界大戦後のことで（http://www.zum.de/whkmla/region/italy/it18601914.html。１月18日アクセス）あり、日本と時期的にほとんど同じだ。）

　しかも、この憲法下、イタリア王国で議会政府（政党政治）が実現することは一度もありませんでした。

　（以上、http://www.cats.ohiou.edu/~Chastain/ip/ityconst.htm（１月18日アクセス）による。）

　そもそも、歴代イタリア国王は反民主主義的姿勢をとり続け、また、19世紀末以降政党活動こそ活発化したものの、政治家達は民主主義の追求よりマネーゲームにうつつを抜かし続けた結果、イタリア王国において、民主主義はほとんど進展を見ませんでした（http://www.amazon.com/gp/product/0300051328/103-6663546-2139849?v=glance&n=283155。１月18日アクセス）。

　ですから、第一次世界大戦時には、日本の民主主義の方がはるかに進んでいた、と私は思います。

（続く）