太田述正コラム#1054(2006.1.21)
<「アーロン収容所」再読(その14)>
実は、米国の心理学者でシカゴ大学とハーバード大学の教授であったコールバーグ(Lawrence Kohlberg。1927?87年(自殺))が個人の倫理観は、生物的・社会的要因によって段階的に上昇していくという説(Kohlberg’s stages of moral development)を唱え、この説が1970年代から80年代にかけて米国ではやったことがあります。
この説は、個人の倫理観は、初期においては外の権威によって強く影響されているのが、次第に内面化された社会規約(convention)に基づくようになり、ついには中立性・平等主義・普遍的権利といった一般的原理・原則に則るようになる、というものです。ルース・ベネディクトは、個人の倫理観は、恥に基づくものと罪に基づくものの2種類があると主張したわけですが、コールバーグは、3種類あるとし、しかも個人は低い種類から高い種類へと段階を経て上昇していく、と考えたわけです。
更にコールバーグは、文化・性・個人における倫理観の違いは、どの段階の倫理観にどれくらい早く上昇するかの違いである可能性が高い、と考えたのです。
この説に対しては、一番高い倫理観に欧米(私に言わせればアングロサクソン)の成人の、しかも男子に多い倫理観を充てているのはいかがなものか、という批判を始めとする、ありとあらゆる批判が投げかけられ、最近ではこの説を推す人は余りいません。 しかし、 このコールバーグの説は面白いので、もう少し詳しくご紹介することにしましょう。
彼は倫理観を、下掲の3種類(level)6段階(stage)に分けたのです。そして個人は、この段階を一段ずつ上って行くしかなく、飛び越すことはできない考えたのです。
レベル1(プレ社会規約)(9歳まで)
1.服従と懲罰志向
2.利己志向
レベル2(社会規約)(9歳超から青年まで)
3.個人間の約束(Interpersonal accord)と大勢順応(よい子悪い子的姿勢)
4.権威と社会秩序維持志向(「法と秩序」的道徳観)
レベル3(ポスト社会規約)(成人)
5.社会契約志向
6.普遍的倫理諸原則(原則に則った良心)
(以上、http://www.bostonreview.net/BR30.5/saxe.html前掲による。なお、http://en.wikipedia.org/wiki/Lawrence_Kohlberg、及びhttp://en.wikipedia.org/wiki/Kohlberg%27s_stages_of_moral_development(どちらも1月12日アクセス)も参照した。)
これを、イギリス人が密かに抱いているところの階層的世界観に当てはめると、レベル3がアングロサクソンで、うち段階6.は純正アングロサクソン、段階5.は米国等のできそこないのアングロサクソンがそれぞれ該当し、レベル2が野蛮人で、うち段階4.は西欧・日本、段階3.はロシア・支那・東南アジア・インド・アラブ・中南米がそれぞれ該当し、レベル1が野蛮人の最たるもので、黒人やアボリジンが該当する、といったところではないでしょうか。
これこそ会田が、「アーロン収容所」で意識せずして到達したところの階層的世界観そのものです。
そして、私の考えは、少なくとも、段階4.と段階5.と段階6.の三つの間に高低はない、だから、おおむね段階4.の人が多い日本人が、段階5.と6.の人が多いアングロサクソンに引け目を感じる必要はないというものだ、ということになりそうです。