太田述正コラム#1082(2006.2.16)
<自由・民主主義の攻勢にたじろぐ胡錦涛政権>
1 始めに
中共の胡錦涛政権は、今年に入ってから、内外からの自由・民主主義の強烈な攻勢に晒されてたじろいでいます。今回はそのご報告です。
2 外からの風圧
胡錦涛政権は、台湾戦略の一環として、昨年来、国民党等の親中共勢力の取り込みに努めてきたところですが、台北市長として欧州諸国や英国を訪問中の台湾の第一野党の国民党の馬英九(Ma Ying-jeou)主席は、13日、ロンドンで次にように語りました(http://www.taipeitimes.com/News/taiwan/archives/2006/02/15/2003293087。2月16日アクセス)。
「台湾海峡両岸における全般的条件が熟せば、われわれは台湾と支那本土が究極的に統一するという選択肢を排除するものではない。<しかし、>条件が熟したと言えるためには、政治面では民主主義、経済面では繁栄、そして社会面では福祉について、支那本土が台湾と伍しうる水準に達しなければならない。・・<支那本土は、>自ら民主主義への道を発見しなければならない。誰も彼らにそうしろと指図することはできない。しかし、現在のような経済発展が続けば、彼らは自ずからその道を発見することだろう。他方、台湾は既に民主主義を達成しており、支那本土との統一は、台湾の人々の同意なしに進めることはできない。従って、現在、統一へ向けての時間表は存在しないばかりか、台湾海峡のどちら側においても、統一を急ぐべきだとする気運は存在しない。」(注1)
(注1)馬は、「支那本土は、そのミサイルや軍事力増強によって台湾の安全保障上の脅威となっている」とも語った。なお、軍事については、馬はまだ明確なスタンスを打ち出すに至っていない(http://www.taipeitimes.com/News/editorials/archives/2006/02/14/2003292997、http://www.taipeitimes.com/News/front/archives/2006/02/14/2003292946(どちらも2月15日アクセス))。
これは、連戦前国民党主席の訪中時の媚中的姿勢(コラム#717)との訣別とも言え、台湾の陳水扁総統以下の民進党等の「独立」勢力の顔色をなからしめる発言ですが、何と言っても一番応えているのは胡錦涛政権でしょう。中共が自らの自由・民主主義化に向けての具体的展望を示さない限り、台湾戦略は今後一歩も進まないことが明確になったのですから(注2)。
(注2)私が2002年の5月に、北京で中共政府関係者に「レク」した通り(コラム#35の「4.台湾問題」参照)の展開になったわけだ。
3 内からの風圧
中共国内からの風圧も高まっています。
14日に、中共当局による雑誌「氷点(Freezing Point)」の弾圧(注3)を批判する公開書簡(2月2日付)が、北京のジャーナリスト達の間に広く回覧され、海外のウェッブサイトにも掲載されました。
(注3)氷点は、Yuan Weishiという歴史学者が書いた、19世紀において外国勢力の攻撃を招いたところの、清王朝の指導者達の過ちや挑発について言及しようとしない中共の歴史教科書を批判した論考を掲載したところ、これは社会主義制度に対する悪意ある攻撃であるとして、中共情宣部は1月24日に氷点を発行停止にした。
この公開書簡には、13名の元中共幹部や著名な学者が署名しており、その中には、毛沢東の元秘書のLi Rui、人民日報の元編集長のHu Jiwei、元中共情宣部長のZhu Houze、元新華社副社長のLi Puが含まれています。
中心人物は、氷点の編集長のLi Datong(注4)であり、彼は氷点の親雑誌である中共党営の「中国青年報(
China
Youth Daily)」の幹部でもあります。
(注4)Li Datongは、編集長として、氷点でかねてより役人の腐敗と社会的不平等を糾弾してきてきており、昨年夏には、彼単独で公開書簡を発し、中共情宣部が導入したところの、政府高官達にヨイショした記事を書いた記者にボーナスを与える制度の撤回を勝ち取っている。
この書簡は、氷点の発行停止は、中共憲法が保障する言論の自由の権利の濫用による侵害である、と批判しています(注5)。
(注5)Li Datongは、中共情宣部は党の一機関にすぎず、国家機関ではない以上、情宣部による氷点発行停止措置はそもそも違法である、とも主張している。
そして、「この全体主義から立憲主義体制への歴史的転換点において、公共の言論の自由を剥奪することは、わが国の社会的・政治的移行を困難に陥れ、集団間の対立や社会的紛争を引き起こすものである。・・自由な意見表明をを許すことが社会の安定を増進し、社会の諸問題を軽減させることは、歴史的に証明されている。」と指摘しています(注6)。
(注6)過去2ヶ月の間に、Beijing Newsとthe Public Interest Timesの編集長がそれぞれ当局によって更迭されている。ちなみに、判明しているだけでも、現在32名のジャーナリストが投獄されており、Reporters Without Bordersによる2005年の報道の自由指数によると、中共の順位は全167カ国中159位という低さだ。
このような、身内からの叛乱とも言うべき前代未聞の公開書簡が出現した背景には、今や政府や党のメディアといえども、独立採算制が導入されるに至った結果、私営のものも交えて、中共のメディアの間の競争には熾烈なものがあり、人々が求める、腐敗や社会格差の話を書かなければ、いかなるメディアも生き残れない、という事情があります。
つまりジャーナリストは、売れない記事で食い詰めるよりも、売れる記事で中共当局の逆鱗に触れるリスクを犯す方を選択せざるをえないのであり、検閲を糾弾する上記公開書簡の出現は、言論人の広汎なコンセンサスが後押しをしている、と見るべきなのです。
(以上、http://www.nytimes.com/2006/02/15/international/asia/15china.html?pagewanted=print、及びhttp://www.guardian.co.uk/china/story/0,,1710025,00.html(どちらも2月16日アクセス)による。)
4 所見
胡錦涛主席等の中共首脳の苦渋の顔が目に見えるようですね。