太田述正コラム#10842006.2.18

<ムハンマドの漫画騒動(その6)>

4 英米のほぼ思惑通りの展開へ

 (1)始めに

 英米の朝野は、本件で挙げてイスラム世界への「配慮」を示し、「配慮」に欠ける欧州諸国を生け贄に差し出すことによって、対テロ戦争で落ちるところまで落ちた、イスラム世界における英米の悪役イメージを希釈化することに成功したと言えるでしょう(注13)。

 

 (注13)そもそも英国は、対テロ戦争の主役である米国のフセイン政権打倒後の対イラク政策の拙劣さに辟易しており(http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,1710048,00.html(2月16日アクセス)、長期にわたって続くと考えられている対テロ戦争(Long War)(http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,1710062,00.html。2月16日アクセス)を今後有利に進める方策を思案していたところだった。

 これは、野蛮と野蛮の最たるもの同士を相争わせる・・夷をもって夷を制す・・という分割統治戦略が功を奏した、と見ることもできるでしょう。

 ただし、イスラム世界の一部では、本件を契機に内部矛盾が表面化してきて情勢が不安定化してきており、こちらは英米にとっては痛し痒しというところでしょう。

 以下、具体的に見ていくことにしましょう。

 (2)生け贄にされた欧州諸国

 最近の動きですが、デンマークに対しては、イラクのバスラ市議会が、デンマーク政府が本件で謝罪しないのなら、駐留デンマーク軍は撤退するように求め、フィリピンのマニラでは数百人のイスラム教徒がデンマーク領事館を取り囲みデンマーク国旗を燃やし、香港では2000人以上のイスラム教徒が反漫画デモを行いました。

デンマークは、イラン・シリア・レバノン・インドネシアに引き続き、パキスタンの大使館も一時閉鎖することを強いられています。

 また、インドのウッタル・プラデシュ州のイスラム教徒の閣僚が漫画の作者の首をはねた者に1100万米ドルの賞金を与えると発表し、パキスタンのペシャワールのイスラム「聖職者」が漫画の作者を殺した者に122000米ドルとトヨタの車を授与すると発表しました。

 こうした中、デンマーク以外の国々で、新たに「挑発行為」が行われ、イスラム世界で新たな反発が起きています。

 まず、イタリアの閣僚の一人(Roberto Calderoli)が、例の漫画を印刷したTシャツを着用し、配布すると言明したことに対し、リビアのベンガジで、1000人以上の群衆がイタリア領事館に投石し、放火し、車にも火を付け、警官隊が銃を発射し少なくとも群衆10人が死亡ました。(イタリアのベルスコーニ首相は、この閣僚に辞任要求をつきつけました。)

 また、ドイツの新聞(Der Tagesspiegel。例の漫画も転載した)が腰に爆弾を巻き付けたイランのサッカー選手達をドイツ軍の征服を着たドイツのサッカー選手達の横に描き、「連邦軍がワールドカップで用いられなければならない理由」と記した漫画を掲載したことに対し、イラン政府が抗議し、テヘランでは、ドイツ大使館に石や火焔瓶が投げつけられました(注14)。

(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4711318.stmhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4715084.stmhttp://www.asahi.com/international/update/0215/018.htmlhttp://www.guardian.co.uk/cartoonprotests/story/0,,1710020,00.html(いずれも2月16日アクセス)、及びhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4725116.stmhttp://www.nytimes.com/2006/02/17/international/europe/17germany.html?pagewanted=printhttp://www.guardian.co.uk/cartoonprotests/story/0,,1712500,00.htmlhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/4726204.stm(いずれも2月18日アクセス)による。)

 (注14)その背景には、ドイツのメルケル首相が、ドイツがイランに対する軍事攻撃を支持する可能性を示唆したことに対する反発もある。なお、イランでは、英国大使館も襲われている。これは、英国のイランによる核開発への厳しい姿勢への反発があるからだ。

なお、フランスのサルコジ内相が、昨年秋に移民系若者らによる暴動がフランス各地で頻発したこと(コラム#944945947952953955956958?963967968)を踏まえ、「有能な移民が米国に、技量のない移民が欧州に流入する現状は放置できない」として、国家にとって利益になるかどうかを基準に、移民の選別受け入れを打ち出し、9日に閣議に移民政策見直し法案を提出した(注15)こと(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060213id26.htm。2月14日アクセス)は、欧州諸国がついにイスラム教徒の移民の締め出しを開始したと受け止められかねないだけに、タイミング的に拙劣であったのではないでしょうか。

(注15科学者や技師、芸術家、スポーツ選手、学者らの移民の滞在許可証の期限は、従来の1年間から3年間に延ばす。また、大学院修了後、半年以内に就職した人には自動的に滞在許可証を与える。一方で、熟練度が低く収入が少ない移民には、厳格な条件を課す。そして、フランス国内で働く移民が家族を呼び寄せる場合には資金的裏付けを要求するとともに、これまでは10年以上滞在すれば自動的に滞在許可証が得られたが、これを認めない。また、10年間の滞在許可証を得た外国人には、仏語習得や、自由・平等・博愛などの尊重をうたう共和国理念の順守を求める。