太田述正コラム#10872006.2.20

<ムハンマドの漫画騒動(その7)>

 (3)イスラム世界の内部矛盾の噴出

  ア 始めに

 事態は次第にイスラム世界の内部矛盾の噴出といった様相を呈し始めています。

 パキスタンとナイジェリアがその典型例です。

  イ パキスタン

 本件に係るパキスタンでの動きの立ち上がりは遅かったけれど、状況は急速に深刻化しています。音頭をとっているのは、(北西辺境州の政権を担っている)イスラム教政党連合(Muttahida Majlis-e-AmalMMA)を始めとするイスラム諸政党です。

 首都イスラマバードの大使館地区周辺にデモ隊が押しかけ、北西辺境州の州都ペシャワールやパンジャブ州都ラホールでは、映画館・劇場・銀行・電話会社・ファーストフード店・(パンジャブ)州議会・ガソリンスタンド・音楽/ビデオ店等が放火されたり掠奪されたりしたほか、(韓国製)バスや乗用車やバイクが放火されました。車やバイクは道ばたどこにもある上、火を付けやすいし、絵になります。それ以外は、欧米を象徴する存在です。(銀行は、欧米の利子をベースにした金融システムの象徴でもある。)

これらはいずれも、デンマークの例の漫画とはほとんど関係がないのであって、何かあると、欧米志向でパキスタンのイスラム国家的基盤を掘り崩そうとしているように見えるムシャラフ政権に対し、MMAが異議申し立てをする時に破壊されたり放火されたりするものばかりです。また、これらは、バイクを除けば、暴れ回っている若者達の手の届かない特権・地位の象徴でもあります。(ケンタッキーフライドチキンは、パキスタンでは、高級レストランだ。)

そして、既に5人もの死者が出ています。

19日には、デモ禁止令をかいくぐって、首都イスラマバードでデモが行われたほか、南部のシンド州では、キリスト教会がイスラム教徒の群衆によって放火されるという事件が起きました。

このパキスタンでの状況は、このところ経済的社会的不平等が増大していることに若者層の不満が高まっていることが背景にある、と考えられています。

パキスタン政府の対応は及び腰であり、若者層のガス抜きを図ろうとする思惑もうかがえました。

しかし、この結果、イスラム教徒は暴力的だ、という欧米諸国の人々が抱くイメージは一層強固なものになったのではないでしょうか。

折悪しく、3月初めには、ブッシュ米大統領のパキスタン訪問が予定されています。

既に、騒擾が反米暴動に転化する兆しも見えている現在、パキスタン政府のデモ・騒擾に対する姿勢は、一転厳しいものになりつつあります。

(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4716762.stm及びhttp://www.guardian.co.uk/cartoonprotests/story/0,,1710020,00.html(どちらも2月16日アクセス)による)、http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-cartoons16feb16,0,4044128,print.story?coll=la-headlines-worldhttp://www.csmonitor.com/2006/0217/p01s02-wosc.html(2月17日アクセス)、http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/02/17/AR2006021702036_pf.html(2月19日アクセス)、http://news.bbc.co.uk/2/hi/south_asia/4729114.stm及びhttp://www.guardian.co.uk/cartoonprotests/story/0,,1713505,00.html(2月20日アクセス)による。)

  ウ ナイジェリア

 ナイジェリアは人口1億3,000万人で、イスラム教徒が5割(北部中心)、キリスト教徒(南部中心)が4割、原始宗教が1割という国です(http://www.cia.gov/cia/publications/factbook/geos/ni.html。2月20日アクセス)が、一応イスラム世界に属すると言ってもいいでしょう。

 本件に関して、ナイジェリア北東部のボルノ(Borno)州の州都マイドグリ(Maiduguri)等で、キリスト教会やキリスト教徒の会社が放火・掠奪の対象となり、ボルノ州で15人、他の州で1人の死者が出ており、政府は両州に夜間外出禁止令を発令し、治安回復のために軍隊を出動しました。

 ナイジェリアでは、北部諸州がイスラム教のシャリアに由来する厳しい法律を施行し始めたことがきっかけで、2000から激しいイスラム教徒・キリスト教徒間の紛争で何千人もの死者が出ていますが、この紛争が再び再燃した形になっています。

(以上、http://news.bbc.co.uk/2/hi/africa/4728616.stm(2月19日アクセス)、http://www.nytimes.com/2006/02/19/international/europe/19cartoon.html?pagewanted=print及びhttp://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060219it11.htm(どちらも2月20日アクセス)による。)

 エ 再びエジプトとサウディについて

このシリーズの最初の方で、エジプト・サウディ両政府が本件で「扇動」したと記したところですが、それには両政府がそれぞれ抱えるお家の事情があります。

エジプトの外相が、昨年11月に例の漫画を激しく非難したのは、時あたかも総選挙の真っ只中で、イスラム原理主義組織のイスラム同朋会(Muslim Brotherhood)系候補達によるムバラク大統領の与党候補達の急追の矛先をかわそうとしたからだと考えられていますし、1月にサウディ政府が陰で糸を引いてサウディでデンマーマーク製品ボイコット運動を起こしたのは、メッカで聖地巡礼中の群衆数百人が石投げの儀式の際に圧死するという不祥事(1月12日)からサウディ国民の目をそらせるためだったからだと考えられています。

(以上、http://www.guardian.co.uk/elsewhere/journalist/story/0,,1704663,00.html(2月8日アクセス)による。)