太田述正コラム#11012006.3.2

<中共経済の脆弱性(その1)>

1 始めに

 昨年の6月から7月にかけて、「中共の経済高度成長?」シリーズ(コラム#757?779)で中共がどのように経済高度成長を実現したかを書き、未完のままなのですが、一足飛びに中共経済の現状の一断面にメスを入れてみることにしました。

2 構造的出超経済の支那

 中共の外貨準備高は、昨年日本を抜いて世界一に躍り出たと考えられており、今年中には、1兆米ドルに達すると見込まれています。

 ことほどさように、中共は出超なのです。

 しかし、歴史を振り返ってみると、支那は(鉱業産品や農産品ではなく)工業製品を輸出することによって、基本的に世界の他の地域に対して出超を維持し続けてきました。

 古代ローマも支那(漢)との交易では、ガラスくらいしか買ってもらえるものがない一方で、支那からの絹等の輸入が嵩み、金の流出に苦しみました。

 欧州が中世を迎えると、シルクロード貿易は衰えますが、それでも600年から750年、1000年から1300年、そして1500年から1800年まで、支那は対欧州貿易で顕著な出超を記録します。1700年頃には、欧州は支那(清)からの陶器(china)等の輸入の五分の四を銀で支払わなければならなかったほどです。

 これだけ金や銀が流入しても支那でインフレが起こった形跡がないのは、支那が金や銀をひたすら貯め込んだからではないかと考えられています。

 現在も全く同じであり、中共では、都市の建物価格の高騰を除けばインフレは起こっていません。中央銀行が外貨をどんどん買い上げて外貨準備として貯め込んでいるからです。

19世紀の英国だけは、禁制のアヘンを売りつけることによって、この支那(清)の構造的出超を打ち破ることに成功します。)

(以上、http://www.nytimes.com/2006/02/26/weekinreview/26bradsher.html?pagewanted=print(2月26日アクセス)による。)

ですから、現在の中共が貿易黒字を積み上げているのは、支那が本来の姿に戻った、というだけのことだとも言えるのです。

3 中共の出超の特異性

 しかし、現在の中共の出超は、かつての支那の歴代王朝の出超と違う特異性があります。

 それは、中共が輸出しているのが、かつてのように工業製品ではなく労働力であるという点です。

 これは、支那はかつてのように絹や陶器といった工業製品を開発する力が衰えてしまったために、今や労働力しか輸出するものがなくなってしまった、ということなのではないでしょうか。

 そんな馬鹿な、と思われる方も少なくないでしょう。中共は工業製品を山のように輸出しているではないか・・と。

 しかし、このところの中共経済の高度成長は、米国や日本、とりわけ台湾や香港の企業が、安い中共の労働力を活用すべく、最終組み立て工場を中共に移転し、これら工場で生産された工業製品を輸出することによって起こっているのであり、中共が独自に開発した工業製品を生産し、輸出することによって起こっているわけではないのです(注1)(注2)。

(以上、http://www.nytimes.com/2006/02/09/business/worldbusiness/09asia.html?pagewanted=print(2月10日アクセス)による。)

 (注1)中共の輸出の60%は外国企業によってコントロールされている。

 (注2)興味深いことに、米国のアジアからの輸入は、1990年には38%だったのに、2005年には36%に減っている。これは、アジア内においてこの間に、工業製品の最終組み立て地が中共以外から中共に移転しただけであることを示している。このことは、2005年の中共の対米貿易黒字は2000億米ドルだったが、中共の対(中共「本土」以外の)アジア貿易赤字は1370億米ドルにのぼっていることからも分かる。

(続く)