太田述正コラム#1135(2006.3.21)
<ブッシュ三題噺(その9)>
(本篇は、コラム#1130の続きです。)
1998年9月に当時のクリントン(Bill Clinton)米大統領とエリツィン(Boris Yeltsin)露大統領が、共同声明の中で「究極的な核廃棄の目標」へのコミットメントを謳ったのはそう昔のことではありません。
しかし、翌1999年に米上院が、ロシア・英国・フランスが批准した核実験包括的禁止条約(Comprehensive Test Ban Treaty)の批准を拒否したあたりから雲行きが怪しくなり、ブッシュ政権は、2002年1月に公表された米核態勢見直し(US Nuclear Posture Review =NPR)において、米国はその核戦力を、ロシアや中共のような核保有国に対してだけでなく、北朝鮮・イラン・リビア・シリア・イラクのような非核国が(核以外の)大量破壊兵器で攻撃してきた時にも使用すると宣言し、核先制使用戦略が非核国にも拡大適用することを明らかにすることによって、上記核廃棄コミットメントを事実上棚上げしてしまいました(The future of nuclear deterrence, IISS Strategic Comments, Volume 12, Issue 1 February 2006)。
そしてブッシュ政権は、ミサイル防衛構想を鋭意推進(注13)するとともに、今年の3月3日に、米国原子力安全保障局(National Nuclear Security Administration)の長であるブルックス(Linton Brooks)をして、「米国は見通しうる将来にわたって、核戦力と核戦力を維持し近代化する能力を保持し続ける必要がある。・・私は、自分が生きている間に核を廃棄する政治的条件が成就する可能性はないと思うし、仮にわれわれが核廃棄に合意したとしても、それを検証する手段がない。」と語らせることにより、米国が上記核廃棄コミットメントを撤回することを正式に表明したのです(注14)。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2006/03/05/2003295832(3月6日アクセス)による。)
(注13)ブッシュ政権下で米国がアラスカとカリフォルニアに設置し始めたミサイル防衛網はもちろん、陸海空、そして宇宙にわたって何層にも構築される将来のミサイル防衛網であっても、ロシアや中共がおとり弾頭を併用しつつ一斉核攻撃を米国に仕掛けてきた時には対処しきれない。しかし、だからといって、ミサイル防衛が無意味であるとか、ミサイル防衛はならず者国家やテロリストの核にだけ備えるものである、と結論づけるのは早計だ。ミサイル防衛は、ロシアや中共に対して核先制攻撃をした場合に生き残ったわずかな核が発射されたときにこれをたたき落とすためにも用いうるからだ(NYタイムス上掲)。
(注14)フランスのシラク大統領が今年1月19日に、イランを念頭において、核恫喝を行った話は以前(コラム#1085で)記したところだが、それから間もなく、フランスが核戦力を使い勝手をよくする形で増強していることが明らかになった。従来フランスは、潜水艦に6個の弾頭を搭載した16基のM45弾道弾を搭載していたが、1個しか弾頭を搭載しない弾道弾も搭載することによって、軽量化を図り、飛距離を延伸すると同時に命中精度を上げた。また、高々度で爆発する核弾頭を開発・装備することで、電磁パルスで広い範囲に渡って「敵」の武器の電子機器を破壊することを可能にした。(http://www.guardian.co.uk/france/story/0,,1706776,00.html。2月10日アクセス)
フランスもまた、核を廃棄することなど、毛頭考えていないことは明らかだ。
(3)米国の対ユーラシア戦略の変化
ブッシュ政権は、3月16日、2002年の国家安全保障戦略(National Security Strategy =NSS) の改訂版をを公表しました。
(続く)