太田述正コラム#1157(2006.4.1)
<アングロサクソン論をめぐって(続)>
1 始めに
私のコラムの切り口は、アングロサクソン論と軍事論であることは皆さんご存じの通りです。
そのアングロサクソン論に関連して私は、コラム#3を嚆矢として、アングロサクソンは西欧文明(人)を含め、自分達以外の文明(人々)を等しく野蛮と見なしてきた、と累次にわたって(コラム#165、335、356、632、667等で)指摘してきました。
この私の考えを裏付ける典拠として、英ガーディアン紙の無署名論説(社説と考えて良い)の中で、アングロサクソンは、「地球上の他のあらゆる民族、とりわけ色の黒い人々に対し、確固たる優越感・・を抱いている」というくだりを発見し、さっそくコラム#1005でご披露しました。
私のアングロサクソン論の核心部分であるところの、世界近現代史アングロサクソン・欧州両文明せめぎ合い論(注1)についても、典拠を探していたところ、最近たて続けに二つの署名コラム・・ガーディアンに掲載(http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,,1744501,00.html。4月1日アクセス)と英オブザーバー紙に掲載(http://www.guardian.co.uk/Columnists/Column/0,,1723604,00.html。3月6日アクセス)掲載・・を発見したので、それぞれの内容をかいつまんでご披露することにしました。
(注1)私がこの考えをコラム上で初めて開陳したのは、2001年12月10日のことだ(コラム#4:「世界の近現代史を貫く文明の対立」)。その時私は、「英国は、EC結成への動きがでてきた1950年の時点から、一貫してEC(後のEU)及びEC(EU)加盟欧州諸国に対して冷笑的な態度を採ってきました。・・この問題の本質は経済問題ではないのです。かつてウィンストン・チャーチルは、「我々は欧州と共にあるが、欧州に属してはいない。」と述べました・・が、この問題は、ハンチントンばりの(ただし、ハンチントンが意識的にか無意識的にか避けて通っている)、アングロサクソンと欧州という二つの文明の深刻な対立の一つの現れなのです。」と記した。
2 ガーディアン掲載コラムの要旨
英国の政界の人々の関心については、まずは英国内<、そして英国内に準じる加・豪・ニュージーランド>に向けられており、外国については、ニューヨークやワシントンの動きはさすがに注視するが、そのほかは、EUの本部のあるブリュッセルの動きにたまに目を向け、後は中東の動き、そして渺たるかなたで勃興する中共の動きが気になる、といった程度だ。
この中に全く登場しないのが、欧州諸国であり、フランスもドイツもイタリアも、スウェーデンも、そしてアイルランドさえも、影も形もない。
英国の政治家やメディアは、欧州諸国に関心を持っておらず、欧州諸国の政治家達は退屈な輩(boring)だと思っている。英国人は欧州諸国で起こっている事柄は、あたかも存在していないかのように、自分達に何の関わりもなく、自分達には何の参考にもならないし、面白くも何ともないと考えている。
彼らは例えば、現在のフランスの危機については、高みから見下ろす姿勢(condescension)に終始しており、シラクはもったいぶったヤクザ(pompous scoundrel)に他ならないと思っているし、街頭での騒擾はいかにもフランスらしいのであってどうぞ御勝手に、という具合だ(注2)。
(注2)このコラムは、英国の政治家やメディアのこのような姿勢は間違っているとし、その理由を以下のように記している(太田)。
「英国と欧州諸国は、地域・気候・歴史・人口動態(demography)・経済空間・文化、を共有している。英国と欧州諸国の企業・余暇・知的生活は分かちがたく結びついているし、双方とも共通の問題に似たような方法で取り組んでいる。」
しかしこのコラムは、引き続き以下のように記しており、ホンネが透けて見えてしまっている。
「欧州諸国は自分達が現在何であるか、経済競争力を高めるにはどうしたらよいか、社会的紐帯を維持するにはどうしたらよいか、そしてどうしたら現代世界に適応できるか、を見定めようとしている。英国も同じだ。英国がフランスやイタリアよりもうまくやっていることは事実だが・・。」
3 オブザーバー掲載コラムの要旨
英国がEU(当時EEC)に加盟したのは、それが英国が中心となって欧州でつくった自由貿易圏であるEFTAよりも経済的に成功したからだ。英国は、EECに勝てないのでEFTAを棄ててEECに加盟した、ということだ。
英国の加盟は、それに加えて、サッチャリズムの欧州への普及・・アングロサクソン流自由・民主主義の政治・経済両面にわたる普及・・を副次的な目的としていた。
だから、EECがEUとなり、次第に政治的統合に焦点があてられてきて、その第一歩として通貨統合が実施に移される運びになると、もっぱら経済上の理由でEUに加盟した英国は、EUを拡大することによって、その政治統合を困難にしようと謀った。これは英国のEU加盟の副次的目的である、サッチャリズムの普及にも資すると考えられた。
こうしてEUは拡大することになったわけだが、EUの拡大は、英国のねらい通りの結果をもたらし、政治的統合にはブレーキがかかった。
また、副次的目的の方も、EU加盟の過程で、スペイン・ポルトガル・ギリシャがファシスト独裁と訣別したばかりでなく、EU全体がサッチャリズムの強い影響を受ける、という成果を挙げた。
フランスの朝野は、フランスが国家資本主義の下で政治統合したEUの盟主となる夢を抱いていたが、EUにおけるこのような英国の影響力増大にフランス国民は危機感を強め、昨年の国民投票で(オランダともども)EU憲法を否決するに至ったのだ。