太田述正コラム#11592006.4.2

<中学受験塾の効能>

1 新発見

 米国政府が17年かけて行った研究の成果がこのたび公表されました。

 人間の大脳皮質の前頭葉(the frontal lobe of the cerebral cortex)は次第に厚くなり、それから再び薄くなっていく(注1)こと、またIQが高い成人の前頭葉は相対的に厚いこと、は以前から分かっていました。

(注1)これは、脳神経細胞同士の接続回路が変更されながら複雑化して行った後、使われない脳神経細胞が淘汰されるからだ、と考えられている。

今回、新たに分かったのは、IQが極めて高い(=121以上=知能偏差値65以上(注2))子供の前頭葉は11歳ないし12歳までゆっくりと厚みが増して行くが、平均的な知能指数(IQ)(=83??108=知能偏差値45??55)の子供の場合は早く、しかし8歳までしか厚みが増さず、その結果、IQが極めて高い子供の前頭葉は6歳時点では平均的なIQの子供の前頭葉よりも薄いけれど、13歳時点で厚さが逆転するということです。

(注2)知能指数の知能偏差値への変換は、http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0(4月2日アクセス)掲載の表によった。(ただし、標準偏差15の場合)

ちなみに、厚さがピークを迎えた時以降の薄くなるスピードは、IQが極めて高い子供の方が早いことも分かりました。

 これをどう解釈するか、学者の間では見解が分かれていますが、IQ(潜在的知能)そのものは9歳頃以降、ほとんど変化しない(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%A5%E8%83%BD%E6%8C%87%E6%95%B0上掲)ところIQの高さが実際に学力等(顕在的知能)の高さとして発現するかどうかについては環境次第だ、と考えられてきたことからすれば、IQが極めて高い子供の前頭葉が、これほど大きな変化をする以上、その間に環境要因がこれらの子供の学力等の発現に及ぼす影響もまた、決定的に大きいものがあるに違いない、という点ではおおむね意見の一致が見られます。

(以上、特に断っていない限りhttp://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/03/29/AR2006032902182_pf.html、及びhttp://www.nytimes.com/2006/03/30/science/30brain.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print(どちらも3月31日アクセス)、並びにhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/health/4856642.stm(4月2日アクセス)による。部分的に私の言葉に直した。)

 

2 中学受験塾の効能

日本の中学受験数は、少子化や不況の影響で1990年頃から減り続けてきたところ、2003年から大きな伸びに転じ、2004年は東京、千葉、埼玉3都県で延べ173665人と2002年(141312人)に比べて23%も増えた、という記事が一年前に出ました(http://www.mainichi-msn.co.jp/column/kishanome/news/20050513ddm004070063000c.html2005年5月17日アクセス)。

その後もこの趨勢は続いていると承知しています(学習塾からもらった資料による)。

この背景には、ゆとり教育への不信等に基づく「公立中学校離れ」があるわけですが、その結果、中学受験塾に通う小学生が増えています(注3)。

(注3)昨年9月に実施された、小学生から高校生までの子供のいる保護者を対象にした調査によれば、「子どもの学力向上の面で、学校より「学習塾・予備校の方が優れている」と答えた人が70.1%に上り、「学校」の4.3%を圧倒」しているのだから当然そうなる。ちなみに、現在の学校教育に「不満」「非常に不満」と答えた人は43.2%、教員に「不満」な人は28.4%で「満足」の27.3%を上回った(http://www.asahi.com/life/update/1007/001.html200510月7日アクセス)

 学習塾、特に中学受験塾については、必要悪的に取り上げられることが多いのですが、(個別指導の学習塾は別として、)一般に学力別編成がとられており、IQが極めて高い子供にエリート教育を施していると言うことができるのであって、上述したように、IQが極めて高い子供の小学校高学年における前頭葉の可塑性が特に大きいことに鑑みれば、学習塾が果たしている社会的役割には極めて大きいものがあると言って良いのではないでしょうか(注4)。

 (注4)同時に、平均的なIQを下回る子供に対し、学校の補習を行う学習塾(個別指導が多い)の社会的役割も大きいと考えられる。独断と偏見で言わせてもらうが、平均的なIQの子供が学習塾に通うのは余り意味がないのではないか。

3 問題点

 本来、公立小学校がこのようなエリート教育も行ってくれたら良いのですが、戦後日本の過度な平等主義的風潮がまだまだ強い現在では、依然不可能でしょう。

 だから小学生のエリート教育は学習塾にまかせざるをえないとしても、問題は二つあります。

 その一は、文相の諮問機関である生涯学習審議会が1999年に学習塾を、「子どもたちの学校外での学習環境のひとつとして大きな役割を果たしている民間教育事業」として生涯学習の中に位置づけたにもかかわらず、学習塾は営利事業を営む「民間事業者」扱いで、しかも学習塾の業界団体こそ経済産業省が所管しているものの、個々の塾や塾での教育そのものについては、経済産業省はもとより、文部科学省も所管していないことです。要するに学習塾は、設置に許認可もなく、自由に営業でき、誰でも講師になれるわけですhttp://www.tokyo-np.co.jp/00/tokuho/20051213/mng_____tokuho__000.shtml20051213日アクセス)。

 もう一つは、学習塾でのエリート教育は、当然ながら「知」の面での教育に偏っており、「徳」「体」、特に「徳」のエリート教育が日本では抜け落ちていることです。