太田述正コラム#1162(2006.4.4)
<英米関係の軋轢>
(アングロサクソン論に関する小坂亜矢子さんの質問への回答を、ホームページの掲示板に掲載しました(#1993)。ご参照下さい。)
1 悪化する英国民の対米感情
ブッシュが大統領に就任した頃は、英国民の83%が米国に好意的な感情を抱いていましたが、今年は55%にまで低下してしまい、1990年代後半にこの世論調査が行われるようになってから最低の数字が出ました。
これは、ドイツ(75%)・フランス(71%)・日本(69%)、更には何と中共(65%)よりも低い数字です。
原因は、米国が主導した対イラク戦争にあります。
英国民の三分の一未満しか「米国は対外政策にあたって他国の利害も考慮している」とは思っていませんし、対イラク戦を行った米国の動機について、三分の一は中東の石油を支配するためだと思っていますし、四分の一は世界に君臨するため、五分の一はイスラエルを守るためだと思っているのです。
(以上、http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-ferguson3apr03,0,2649539,print.column?coll=la-home-commentary(4月4日アクセス)による。)
これだけ不人気な対イラク戦(やアフガニスタン戦)に全面的に協力したにもかかわらず、米国政府は英国に配慮してくれない、とこのところ、英国政府のブッシュ政権に対するいらだちも募っています。
2 いらだちを隠せない英国政府
(1)F-35問題
F-35(JSF=Joint Strike Fighter)は、現在米国で開発中の次世代ステルス攻撃機であり、この開発にはジュニアパートナーとして英国も加わり、開発経費の10%を負担しています。完成後は、米空軍・海軍(艦載機)・海兵隊及び英海(STOVL=短距離離陸・垂直着陸機)空軍での採用が決まっているほか、イタリア・オランダ・トルコ・カナダ・オーストラリア・デンマーク・ノルウェー・イスラエル・シンガポールの各国(注1)にも採用計画があります。
(注1)これら諸国も英国より少ないけれど、F-35の開発経費の負担をしている。
このF-35用エンジンとして、米プラット&ホイットニー(Pratt & Whitney)社開発のものと米ゼネラル・エレクトリック(GE)社・英ロールスロイス(Rolls-Royce)社共同開発のものの併用が予定されていた(注2)ところ、米国政府が事前に一言の相談もなく後者の開発の中止を決定したことに、英国政府が反発しています。
(注2)二種のエンジンの開発を競争させることで、性能アップとコストダウンを図るということになっていたが、そんな効果はない、と米国政府は判断した。
ちなみに、機体については、開発初期段階で、ロッキード・マーティン(Lockheed-Martin)社とボーイング(Boeing)社が競争させられたが、ロッキード社の機体が採用され、F-35という制式名称が与えられた(http://ja.wikipedia.org/wiki/F-35_(%E6%88%A6%E9%97%98%E6%A9%9F。4月4日アクセス)。
後者のエンジンは、英国・イタリア・オランダ・トルコ・カナダ・オーストラリア・デンマーク・ノルウェーが部品製造を分担し、英国内で最終組み立てが行われる予定でした。従って後者のエンジンの採用には、英国が仲介して欧州諸国と米国の防衛協力が行われるという象徴的意義と、英国にとっての運用・技術・経済上の利益といった現実的意義があったわけで、それがパーになることに対し、英国政府が反発したのです。
そして、3月中旬に行われた、米上院軍事委員会の公聴会に、英国防省の防衛調達担当閣外相と保守党の陰の国防省がそろって出席して、こんなことでは英国はF-35の購入を取りやめざるをえないと陳述する、という事態になっています。
(以上、http://www.taipeitimes.com/News/world/archives/2006/03/18/2003297985(3月19日アクセス)、及びhttp://www.csmonitor.com/2006/0322/dailyUpdate.html(3月23日アクセス)による。)
(2)投資規制強化問題
3月末、ライス米国務長官が英国を訪問したのと相前後して、英国の通商産業省の閣外相は、米常勤銀行委員会が、米国の国家安全保障に関わる情報をテロリストや敵性国家が入手することを回避するため、外国からの米国への投資規制を強化する法案を可決したことに抗議しました。
投資規制が強化されて一番被害を被るのは、米国への外国の投資のダントツの五分の一を占める、英国だからです。
(以上、ロサンゼルスタイムス前掲による。)
3 コメント
最も固い紐帯で結ばれているはずの英米関係に軋轢が生じている原因は二つあります。
第一の原因は、9.11同時多発テロ以降、米国が戦時体制に突入し、同盟諸国に配慮する心の余裕が無くなっていることです。
第二のより根本的な原因は、こうして米国が戦時・・ホッブスのアナーキーな世界・・を生きているというのに、米国の同盟諸国の方は、冷戦終焉後の平和な時代(コラム#914)・・カントの永久平和の世界・・を生きているということです。
これだけ巨大な危機認識のギャップがあれば、米国と同盟諸国の間に軋轢が生じるのは当然であり、これは日本にとっても他人事ではないのです。
(以上、http://www.nytimes.com/2006/03/19/magazine/319wwln_lede.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print(3月20日アクセス)を参考にした。)