太田述正コラム#1166(2006.4.6)
<胡錦涛の対日スタンスのゆらぎ(その1)>
1 始めに
中国の胡錦涛国家主席は3月31日、中共側の希望で執り行われた北京での橋本龍太郎元首相を団長とする日中友好7団体の代表団との会談の場で、昨年4月以来開かれていない日中首脳会談について「日本の指導者が・・靖国神社をこれ以上参拝しなければ、いつでも開く用意がある」と述べ、次の総理に有力視されている安部官房長官が総理に就任た場合でも、靖国神社参拝を行うのであれば、首脳会談を行わない意思を表明しました(http://www.asahi.com/politics/update/0331/017.html。4月1日アクセス)。
「中共当局<は>、小泉さんの次の首相が、仮に靖国神社に参拝する人物であってもその新首相との首脳会談には応じる」だろう、とした昨年12月の時点での私の予想(コラム#1002)は覆されたことになります。
しかし、朝日新聞の報道を信用するならば、胡錦涛は、この会談で靖国問題に言及することを避けることになっていた事前の方針を急遽変更した、ということのようです(朝日上掲及びhttp://www.asahi.com/special/050410/TKY200603250330.html(4月1日アクセス))。
胡錦涛政権のこの、対日スタンスのゆらぎをどう考えたら良いのでしょうか。
2 中国共産党左派の攻勢?
今年3月に開催された全人代(中共の国会)において、採択予定であった私有財産保護法が流れてしまいました。
その背後には、所得格差の拡大や増大する社会的騒擾(注1)は資本主義化の行きすぎによるものだとして、中共経済の更なる資本主義化を食い止めようとする中国共産党左派の画策(注2)があります。
(注1)腐敗・公害・農地収容・公共料金/租税の恣意的徴収、がその主たる原因だ。
(注2)彼らは、中共のような法治主義が確立していない社会では、社会主義的な公正の精 神や社会的責任を強調しなければ、市場経済は一部のエリートのための市場経済に堕してしまう、と主張している。
このため、教育や医療への市場原理の導入も、農地の私有制の導入もまったがかけられており、およそ自由・民主主義化の推進など、とんでもない、という雰囲気です。
胡錦涛政権は、このような左派の画策を黙認しています。
これは、直前の江沢民政権に比べて多少なりとも左寄りのスタンスをとらないと、中国共産党の権力維持がおぼつかなくなりかねない、という判断からきている、と考えられています。
(以上、http://www.nytimes.com/2006/03/12/international/asia/12china.html?ei=5094&en=f4903c5db7a61c10&hp=&ex=1142226000&partner=homepage&pagewanted=print(3月12日アクセス)による。)
実際、胡錦涛政権の危機意識は相当なものであり、この一年余りというもの、胡錦涛は、党員の忠誠心が薄れ、末端の党組織が衰えている中国共産党内を再活性化するため、全党員7,000万人に毛沢東とトウ小平の講話録を読ませ、党綱領を熟読させるとともに、自分自身と他の全ての党員を批判する集会を高い頻度で開かせてきました(http://www.nytimes.com/2006/03/09/international/asia/09study.html?8hpib=&pagewanted=print。3月10日アクセス)。
その一方で、旧支配人への国有財産払い下げ等をめぐる腐敗糾弾キャンペーンをTV上で執拗に行ってきた左派キャスター(台湾生まれの香港籍。企業財務の教授)が馘首される、という事件がつい最近起きています(http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-chinatalk15mar15,0,3120875,print.story?coll=la-home-world。3月16日アクセス)。
このようなことから、胡錦涛政権が関心があるのは、左翼・右翼といった思想的スタンスではなく、共産党の権力維持そのものであることが分かります。
3 踊り場の中共経済
胡錦涛政権が上述したような微妙な舵取りを成功裏に継続することができるか否かは、今後とも中共の経済高度成長が続き、かつ、中共の人々の多数が経済の現況に及第点をつけ続けるかどうかにかかっています。
しかし、ここへ来て、不安な材料が出てきています。
(続く)