太田述正コラム#1168(2006.4.7)
<胡錦涛の対日スタンスのゆらぎ(その3)>
コケにされている証拠が、4月1日付の人民日報に掲載された(胡錦涛との会談を終えたばかりの)橋本龍太郎元首相のインタビュー記事です。橋本氏はその中で、「「小泉純一郎首相による継続的な靖国神社への参拝は日中関係に良くない影響を与える」と指摘。小泉首相に対し、靖国神社参拝問題の「政治化」を避けるべきだと働きかけてきたとも述べた。」というのです(http://www.asahi.com/politics/update/0401/005.html。4月2日アクセス)。
橋本氏は、中共当局の「厳しい」見解のメッセンジャー役を忠実に演じたことになります。
仮に、胡錦涛政権が、急遽方針変更をしなかったならば、「中共、靖国問題を棚上げへ」という「朗報」を引き出したとして、少しは橋本氏も男を上げたでしょうに、お気の毒なことです。
胡錦涛政権は次のように考えたに違いありません。
一、昨年10月30日の内閣改造で、小泉首相は、タカ派の中川昭一経済産業大臣を農林水産大臣に横滑り「降格」させ、その後任に、自民党総務局長の二階俊博氏を据えた。これは、選挙実務を仕切る党総務局長として、同年9月の衆院選を自民党の歴史的勝利に導いた功労に報いたということになっている(http://topics.kyodo.co.jp/cabinet2005/。4月7日アクセス)が、二階氏は指折りの親中派であり(注6)、今年9月に退陣する首相が、中共との政冷が日本の後継政権にまで持ち越されるのを心配して、白旗を掲げて関係修復を図ってきた、ととらえるべきだろう(注7)。
(注6)日中フィクサーとしての二階の「活躍」ぶりについては、4月3日付産経新聞朝刊掲載の『保守新時代 自民党と中国(中)』参照。
(注7)今年2月に経産相として訪中した二階には、温家宝首相が会った(http://www.sankei.co.jp/news/060321/sei030.htm。4月7日アクセス)が、その後訪中した谷垣禎一財務相には、財務部長(財務相)が応接しただけだった(典拠省略)。
一昨年来、中共は東シナ海上の監視飛行を急増させている(注8)が、これに対して日本政府は特段の対抗措置をとっていないことからも、小泉政権の対中低姿勢ぶりがうかがえる。
(注8)中共機に対する空自のスクランブルは、2002年度はゼロ、2003年度は2回、2004年度には13回だったが、2005年度は上半期だけで30回と急増し、その後も増加傾向は続いている。
中共の「偵察機は東シナ海のガス田周辺を飛行し、自衛隊の航空機や基地が出すレーダーの周波数などの電子情報を収集している。この情報を分析し、戦闘機で攻撃する際、日本の防空レーダーを妨害電波で無力化する狙いがある。」
(以上、http://www.sankei.co.jp/news/morning/21iti001.htm。2月21日アクセス)
中共は、今年3月上旬、尖閣諸島付近や日中中間線より日本側にある日韓大陸棚共同開発区域でのガス田の共同開発を提案してきたところ、対抗措置として(中川前経産相が試掘権設定を認めた帝国石油による)試掘をほのめかす麻生太郎外相を二階氏が批判し、この二階氏の姿勢に30日、小泉後継最有力の安倍官房長官が理解を示した(産経上掲)ことによって、小泉首相の対中叩頭姿勢は明白になった。
二、そろそろ靖国神社問題は棚上げする時期かと考え、アドバルーンも上げてみた(注9)が、あの小泉首相が叩頭してきたのだから、まだまだ靖国神社問題には働いてもらえそうだ。
(注9)中共の外交部弁公庁副主任や国務院国際問題研究中心副総幹事を歴任した社会科学院の元日本研究所長の何方氏は、「社会科学論壇」(3月上期号)に掲載されたインタビューの中で、「歴史問題を国家関係の基礎とするのは非現実的で不適当。歴史に決着をつけようとすれば、どんな国家と隣国の関係も大国同士の関係もうまくいかない・・日中関係の基礎を歴史問題での共通認識に置いても、実現は難しいだろう。歴史の決着を最優先すれば、両国関係は絶え間ない悪循環に陥る。それはわが国の戦略的利益にかなうのか」と語った(http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20060328id01.htm。3月28日アクセス)。
三、今回中共に招き、胡錦涛国家主席と会談を行った橋本元首相や野田毅衆議院議員らに対しては、靖国神社問題棚上げ方針表明の意向を内々事前に伝えてあった(http://www.asahi.com/special/050410/TKY200603250330.html前掲)けれど、橋本氏は、女性問題で中共に首根っこを押さえられている(注10)上、3月30日に出た判決で橋本氏のイメージが改めて傷ついており(注11)、方針を急遽変更して橋本氏をコケにしたとしても、全く問題はなかろう。
(注10)1996年に当時首相であった橋本氏について、中共の公安関係者の女性と交際していたという怪文書が出回ったが、この疑惑は晴れていない(4月2日付産経新聞朝刊掲載の『保守新時代 自民党と中国(上)親中派に利権誘導の影』)。
(注11)1億円献金隠し事件の東京地裁判決は、検察側が立証の柱とした橋本派(平成研)の元事務局長の証言について「不自然で変遷しており、到底信用できない。橋本龍太郎元首相ら・・に累が及ぶのを阻止するため、虚偽の証言をした可能性がある」とした(http://www.nikkansports.com/general/p-gn-tp0-20060331-13360.html。4月1日アクセス)。
6 結論
日本の政治家も中共の政治家も、自らと自らの党の権力の維持しか眼中にないという点では共通しているけれど、遺憾ながら、政治家としての力量において、日本の政治家は中共の政治家の敵ではなく、中共当局の意のままに操縦され、コケにされる哀れな存在であることがお分かりいただけたでしょうか。
中共が独立国であるのに対し、日本が米国の保護国であることから必然的にそうなるのです。
それが悔しかったら、皆さん、一刻も早く吉田ドクトリンを廃棄して、日本を独立させましょう。
(完)