太田述正コラム#1214(2006.5.2)
<二人の名立憲君主(その2)>
(E-Magazineでの読者の方々には、コラム#1211の大部分が文字化けで送れず、ご迷惑をおかけしました。5月4日と5日は、家族旅行をするので、コラム上梓はありません。この間、行楽地に行かれない読者の方々には、過去のコラムを読み返していただければ幸甚です。)
3 平時における名立憲君主:エリザベス女王
(1) 卓越したガバナンス
エリザベス2世(注2)は、今年4月21日に80歳になりましたが、これを祈念して英国と米国で出た記事をそれぞれ一つずつご紹介しましょう。
(注2)正しくは、エリザベスは、世界の16カ国の元首を兼ねている。それは、英国・カナダ・オーストラリア・ニュージーランドのほか、ジャマイカ・バルバドス・バハマ・グレナダ・パプアニューギニア・ソロモン諸島・ツヴァル・セントルシア・セントヴィンセント/グレナディン・アンティグアバーブーダ・ベリーズ・セントキッツ/ネヴィスだ(http://en.wikipedia.org/wiki/Elizabeth_II_of_the_United_Kingdom。5月2日アクセス)。
まず、王制廃止を社論として掲げる英ガーディアン紙の社説(http://www.guardian.co.uk/monarchy/story/0,,1757958,00.html。4月21日アクセス)です。
<エリザベス>がわれらの風景の恒常的な一部を占めている感じがするのは、単に長年月にわたって在位しているからだけではない。彼女は国家元首という困難な役割を半世紀にわたってほとんど失敗なく勤め上げてきた。この仕事は政治的中立性を要求されるが、54年間にわたって彼女の一つ一つの言葉が注目される中で、まさに彼女は政治的中立という印象を与えてきた。彼女の在位期間中の新聞にすべて目を通したとしても、失言・危機・私的発言の漏洩とその否定、といったことを見出すことはできないだろう。まさに彼女は、大英帝国の幕引き・冷戦・1970年代の労働争議・1980年代のサッチャー革命を目撃しつつ、自分の意見を一切口にすることなく、きっちりと自らの役割を演じきってきた。
これはたやすい業ではない。短い在位で終わった彼女の伯父のエドワード8世のアドルフ・ヒットラーへのご執心を思え。彼女の母親の大戦前の対独宥和派への親近感の表明を思え。彼女の夫の度重なる人種的「冗談」を思え。より直截的には・・・彼女の息子のチャールスを思え。・・エリザベスとこれほどかけ離れたやり口はあるまい。
これは掛け値無しに真実なのだが、人気を維持することとトラブルを回避するという通常の基準に照らして、エリザベス・ウィンザーは、政治家ではないのだけれど、現代における最も卓越した政治家であると判定されてしかるべきだろう。
次いで、かつて英国王に反旗を翻して独立した米国の高級大衆雑誌タイムの記事(http://www.time.com/time/world/printout/0,8816,1183855,00.html。4月16日アクセス)です。
女王の生来の慎ましい生活ぶり(ただし、競走馬への趣味を除く)は良く知られている。・・青年時代に、彼女はより大きな善のために身を捧げ、義務を遂行するという観念を身につけた。そして21歳の時に「私の全生涯が長かろうと短かろうと、あなた方<(国家・国民)>のために捧げます」と言ったがこれは掛け値なしの発言だった。爾来この核心的な古き価値観を堅持してきている。・・勲章を授与する時は、被授与者の経歴を勉強し、それを数字のメモにまとめ、その者がお目見えした時に侍従がこのメモをささやき、女王は適切な会話を始める。彼女はこの会話が被授与社の家族や友人達に伝わっていくことを知っている。(女王は読むのは早いし恐るべき記憶力を持っている。)・・侍従達は、女王が信じがたいほど物事を良く知っていて、かつ観察眼が鋭いと言う。「彼女の細部を記憶する力、そして何が正しいかを判断する力は、この上もなく卓越している」とも。・・<チャールス皇太子の弟の>アンドリュー王子は、畏怖すら示しつつ、「引用していただいてよいが、女王の情報ネットワークは、<バッキンガム>宮殿内の誰よりも優れている。誰も逆立ちしてもかなわない。彼女は何でも知っている。すべてをだ。とにかく知っているのだ。どうやってそんなことができるのか私には分からない。」と語った。
(2)英王室の将来
英国で今年の2月に行われた世論調査によれば、英国は王制を廃止して共和制にすべきだとする人は19%に過ぎませんでした。1969年当時に比べて1%しか増えておらず、あらゆる世論調査項目のうち、これほど安定して推移しているものはないのだそうです。
これは、エリザベス2世個人の資質と努力のたまものなのではないでしょうか。
それは、別の世論調査で、英国人の81%が10年後も王制は維持されていると考えているものの、50%年後にも維持されていると考えている人は32%しかいないことから分かります。
(以上の世論調査の数字は、タイム誌の上掲記事による。)
4 感想
まことに現代は、君主にとって、とりわけ立憲君主にとって過酷な時代であると言えるでしょう。
その現代において、未曾有の敗戦を挟んで64年間の長期にわたって在位した日本の立憲君主、昭和天皇の資質と努力がどれほどのものであったか、想像を絶するものがありますね。
(完)