太田述正コラム#1228(2006.5.11)
<経済社会の英国モデルと米国モデル(その1)>
1 始めに
私がアングロサクソンを二つに分け、理念や経済社会システムについては、英国型を高く評価し、米国型を低く評価しているのはご承知のとおりです。
今回は、それぞれの現状を、雑駁にではありますがご報告することにしました。
2 英国
(1)ブレア主義
戦後の英国は、まず労働党によって福祉国家主義(post-1945 welfare-state consensus) が確立し、次いで1979年からはそれが保守党の新自由主義(サッチャリズム)によって取って代わられ、1997年からはニュー労働党によって、その両者の弁証法的総合(ブレアリズム)の時代となり、現在に至っています。
福祉国家主義とは、政府が経済を管理または所有する形で経済を支配すべきであるとする考え方です。
この考え方を革命的に打破したのがマーガレット・サッチャーであり、彼女は、経済を市場の手にゆだねるべく、小さな政府を追求し、国営企業の全面的民営化を推進しました。
トニー・ブレアの考え方は、市場は重視するけれど、最低賃金制度は維持しなければならないし、それまでの保守党とは違って、EUの欧州社会憲章(European social chapter)に盛り込まれている労働保護規定の全部に反対するのではなく、その一部は認めるというものです。
彼の考え方はまた、ガルブレイスの指摘を踏まえ、公的部門への過小投資は避けなければならないという考え方であり、サッチャリズムの時代に荒廃した学校や病院にカネを注ぎ込んだのはそのためです。
いまや、このブレアリズムは、英国では与党の労働党だけでなく、野党の保守党や自由民主党においてもコンセンサスとなっています。(現在、議論が分かれているのは、ブレア流の、政府を大企業のように、経営コンサルタントの力を借りて管理するやり方の是非くらいのようです。)
(以上、http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,1771346,00.html(5月10日アクセス)による。)
私の見解は、ブレアリズムとは、戦後の英帝国の崩壊が引き起こした衝撃の下で、左、そして右へとダッチロールをした挙げ句、英国が本来のオーソドックスなアングロサクソン的経済社会政策に復帰したというだけのことだ、というものです。
(2)ノルディックモデル
このブレアリズムと福祉国家主義の中間形態、とでも称すべきものが北欧諸国の経済社会モデルであるノルディックモデル(Nordic model)です。
現在ノルディックモデルが注目されているのは、ブレアリズムとノルディックモデルはそれぞれ英国と北欧諸国に、独仏伊等に比してより高い成長率とより低い失業率をもたらしているところ、ブレアリズムほどは独仏伊等の福祉国家主義とかけ離れていないからです。
例えばスェーデンは、1990年代初期に不景気・高失業率・財政赤字から脱却すべく、意識的に福祉国家主義の手直しに乗り出し、一定の成功を収めて現在に至っているわけですが、独仏伊等も同じことができるのではない、という議論が行われています。
しかし、スェーデン・ノルウェー・フィンランドはいずれも人口小国であって、バイキングの昔以来のリスクを恐れぬ個人主義的伝統がある点で独仏伊等とは違うし、スェーデンは200年間戦争がなく、ノルウェーは北海油田があり、フィンランドはノキア1社に依存している、という特殊事情もあることから、独仏伊等がマネをするのは容易ではないという声もあります。
それに、ノルウェーはEUに加盟しておらず、スェーデンはEU共通通貨を採用していないことも、独仏伊等からすれば、面白くないところでしょう。
(以上、http://www.nytimes.com/2006/05/10/world/europe/10letter.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print(5月11日アクセス)による。)
(続く)