太田述正コラム#1231(2006.5.13)
<経済社会の英国モデルと米国モデル(その2)>
3 米国
(1)原理主義的新自由主義の米国
米国の経済社会は、建国以来、国内は自由主義、対外的には保護主義を採用してきたところ、ニューディール時代に福祉国家主義的色彩が加わり、戦後は、対外的には自由主義へと転じます。
それが、サッチャーの英首相就任にわずかに遅れて米大統領に就任したレーガンによってサッチャー同様、マネタリズム(monetarism)(注1)やサプライサイドエコノミックス(supply-side economics)(注2)等の経済理論で武装したところの福祉国家主義的色彩が払拭された自由主義、すなわち新自由主義が採用され、基本的にはそのまま現在に至っています。また、対外的には引き続き自由主義が維持されています。
(注1)政府の裁量による財政・金融政策の有効性を主張するケインズ経済学を批判し、市場機構のはたらきに信頼をおき、貨幣供給の固定化を提唱する経済学であり、フリードマンに代表される(http://learning.xrea.jp/%A5%DE%A5%CD%A5%BF%A5%EA%A5%BA%A5%E0.html。5月13日アクセス)。
(注2)有効需要の側面を重要視してきたケインズ経済学に対し、1970年代からアメリカで唱えられ始めた経済学であり、自然資源や生産量など供給の側面を重要視する。この経済学は、資源を公共部門から民間部門へ、消費財から資本財へ向けることにより、生産力の増強と物価水準の安定を図るべきであるとし、その具体的方策として、所得税の減税措置・政府支出の削減・政府規制の緩和を提唱する。(http://learning.xrea.jp/%A5%B5%A5%D7%A5%E9%A5%A4%A5%B5%A5%A4%A5%C9%A1%A6%A5%A8%A5%B3%A5%CE%A5%DF%A5%C3%A5%AF%A5%B9.html。5月13日アクセス)
(なお、戦後は対外的には一貫して自由主義が維持されてきたとはいえ、米国にも安全保障を錦の御旗に仕立てた、国防省主導のミニ保護主義ないしミニ産業政策があったことは忘れてはならないでしょう。)
英国とちがって、米国については、その対外経済政策にも触れた理由の一つは、第一次世界大戦後、米国は既に実質的には世界の覇権国になっており、また先の大戦後は名実ともに世界の覇権国であることから、その対外経済政策が世界経済の動向を規定しているからです。
戦間期について言えば、米国が保護主義を続けたことが、1929年に大恐慌が起き、その後の経済政策も適切性を欠いたこととあいまって、世界不況を引き起こし、それが先の大戦につながって行ったわけです。
そこで、その反省の上に立って、戦後の米国は、対外経済政策を自由主義へと建国以来初めて転換し、かつドルを世界の基軸通貨とし、貿易赤字を計上し続けることによって、この基軸通貨たるドルを世界に供給するとともに、米国以外の国々の経済を米国への輸出を通じて牽引してきたおかげで、戦後の世界経済は、比較的順調に拡大してきました。米国以外の国々の多くはた、対米貿易黒字でためこんだドルを、世界の秩序維持に任じている覇権国という最も安全が確保されている米国ないしその米国の企業に資金投入することで還流してきました。こうして米国はインフレや金利の高騰による不景気を免れ、おおむね先進国の平均並みの経済成長を維持してくることができたのです(注3)。
(注3)この構図が戦後60年にわたって維持されてきたため、これを覇権国論抜きの純粋な経済理論で説明できるとする説が最近相次いで出現していることには苦笑させられる。 米国のビジネスウィーク(Business Week)誌の経済編集主幹のマンデル(Michael Mandel)は、米国では、ブランド・特許・知識・ビジネスモデル、といった無形の資産から高収益を挙げることができるので、外国(国・企業・人)は好条件で資金を米国(同左)に貸してくれる、と主張した。
また、英国のHSBC銀行のエコノミストのキング(Stephen King)は、昔なつかしい比較優位論で説明できると主張した。すなわちキングは、米国は投資ないし資金管理に長けているのに対し、中共やインドは労賃が安く、中共はモノをつくるのに、インドは(コールセンター等の)低レベルのサービス業に長けている。しかも米国は法制が整備されており、リスク評価を適切に行いうる資本市場の下で財産権と価格メカニズムが確立しているのに対し、中共やインドでは法制が十分整備されておらず、財産権の保護が不十分でありリスク評価を適切に行える資本市場を持っていない。更に、米国と中共やインドとの間で資本の移動は自由だが人の移動は不自由だ。当然米国は製造業を棄て、低レベルのサービス業はアウトソーシングして投資ないし資金管理業に特化するし、中共やインドはそれぞれ製造業や低レベルのサービス業に特化することになる。こうして1950年代以降、米国の国内総生産に占める工業生産は30%から10%に低下し、金融サービスは10%から20%に上昇した、と主張した。
(以上、http://www.slate.com/id/2141595/(5月11日アクセス)による。)
(続く)