太田述正コラム#1235(2006.5.15)
<経済社会の英国モデルと米国モデル(その3)>
さて米国は、英国が既に弁証法的に超克した新自由主義経済を、この期に及んでいまだに維持し続けていることはご承知のとおりですが、そんなことが可能なのは、上記対外経済政策の下、米国は緩慢に、しかし着実に世界経済に占めるシェアを低下させつつも、その政府及び国民が身の丈以上の消費をずっと享受できてきたからなのです。(これが米国の対外経済政策に触れたもう一つの理由です。)つまり、新自由主義経済の下では貧富の差が大きくなる一方で、セーフティーネットはあまり整備されないことから、社会不安が醸成されても不思議でないところ、米国の最貧層ですら、米国以外の諸国からの米国(政府・企業)への資金投入により、身の丈以上の消費を享受できてきたことが安全弁となって、社会不安の醸成を回避できてきたわけです。
(また、米国政府の過剰消費は、身の丈以上の軍事力の整備・維持という形をとって行われ、そのおかげで戦後米国は覇権国としての地位を保持し続けることができた、ということになります。)
(2)そしてみんながハッピーになった?
ともあれ、上述したような、米国による自由主義的な国内/対外経済政策の堅持と米国政府と国民の過剰消費(注4)に加えて、米国が他国にも自由主義的な国内/対外経済政策の採用を強く促してきたことが、対外的に閉ざされた経済を維持してきたソ連及びその衛星諸国の経済の破綻とソ連の解体をもたらし、解体された旧ソ連圏諸国及びそれを横目で見ていた中共による社会主義的経済政策に換えた自由主義的国内/対外経済政策の採択をもたらし、更に社会主義的経済政策をとっていたインド等その他の発展途上国の自由主義的国内/対外経済政策への転換をもたらしたことと、このような戦後国際経済システムの安全保障を、過剰に整備・維持された米軍事力が、結果として国際公共財的に担ってきたことともあいまって、マクロ的に見れば、戦後の世界経済は着実な成長を遂げてきました。
((注4)及び以下(2)の終わりまでは、http://www.latimes.com/business/la-fi-boom14may14,0,948636,print.story(5月15日アクセス)による。)
(注4)米国政府と国民の過剰消費(=貯蓄以上の消費)の帰結としての貿易赤字の巨大な累積は、結果的に発展途上国に対するマーシャルプラントしての役割を担った。
そして、現在世界は未曾有の好況下にあります。
今回のこの好況は、戦後の数多の好況とは様相を異にします。
というのは、米国・欧州・日本の先進国経済の低成長を尻目に、発展途上国中の有望な諸国(中共・インド・ロシア・ブラジル・南アフリカ等)が好況の牽引車となっているのは初めてのことだからです。
中共については申し上げるまでもありませんが、ロシアは世界第一の天然ガス輸出国、世界第二の石油輸出国として、かつまた鉱物・木材その他の資源の主要供給者として大いに潤っていますし、南アフリカは、鉱物等(commodity)の輸出と観光が好調であり、昨年実質5%の経済成長を遂げています。
こうして発展途上国は全体として今年実質6.9%成長が見込まれているのですが、これは先進国の成長率予測の3%の2倍以上であり、発展途上国と先進国の成長率格差は次第に大きくなってきているのです。
これは戦後一貫した、米国の自由主義的対外経済政策と米国政府及び国民の過剰消費、に加えて、このところの先進国経済に共通に見られる(景気回復を意図した)低金利政策(注5)のたまものです。
(注5)先進国経済の低金利は全世界に低金利をもたらし、発展途上国にとって筋肉増量剤の注射のごとき効果があった。
おかげで世界経済は、今年4年連続の4%超成長を達成することになるでしょう。
依然世界経済の約三分の二を占めている先進国経済もまた、発展途上国経済のこのような絶好況によって裨益しています。
とりわけ米国の大企業や金持ちの国民は、発展途上国経済の絶好況の恩沢をしっかり享受しています。
例えば、米国の主要企業500の昨年の売り上げの32%は海外で挙げていますし、米国人は昨年国内株には310億米ドルしか購入しませんでしたが、海外の株には1050億米ドルも購入しています。
(続く)