太田述正コラム#12392006.5.17

<戦う朝鮮日報(続)>

1 朝鮮日報の拠って立つ理念

 朝鮮日報はこのところ、韓国のナショナリズムそれ自体を俎上に載せ、排他的ナショナリズムの超克を訴えるキャンペーンを張っています。

 同紙日本語電子版は、朴枝香(パク・ジヒャン)ソウル大学西洋史学科教授の下掲の論考(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/04/20060504000064.html。5月17日アクセス。以下同じ)を5月4日からずっと掲載しています。

「韓国人は教育を通じ、あるいは開天節(檀君神話にちなんだ韓国の建国記念日)のような祝祭日を通じ、絶えず民族と民族主義をすり込まれながら成長する。韓国の教育において民族は根源的な概念であり、民族主義は人間が生まれつき備えている本能的な衝動として現れる。しかし、それは事実とは異なる。民族とは、人が生まれてから接する環境の範囲を大きく超えた、巨大な概念だ。それゆえベネディクト・アンダーソンは、民族を「想像の共同体」と表現した。また民族主義も、自分の家族や郷土に対して自然に培われる愛情の枠を大きく外れたものであるため、本質的に外部から注入され、習得されて初めて生じる理念に過ぎない。・・・人口の多くが農奴であった朝鮮時代に、<朝鮮>民族など存在しなかった。両班(当時の支配階級)や平民、農奴の間に、お互いを「ウリ(われわれ)」という連帯意識に含めて考えるような認識は存在しなかったからだ。民族としての韓国人は、甲午改革(甲午農民戦争)の後、封建的身分秩序が崩壊し始めて初めて浮上したものであり、実際には三・一独立運動を契機として形成されたと見るべきだろう。・・・韓国社会で民族主義が勢力を握り、猛威を振るってきた理由は、植民統治の経験と南北分断にある。前者については、今やかなり克服できたと見ることができる。日本はいまだ理解し難い隣人ではあるが、韓国の今の若者は日本に対し引け目を感じる必要はないと感じており、日本に対する敵対心も強くないようだ。一方で、すべてを民族統一の観点から見ようとする視点は、深刻な問題として残っている。いったいなぜ、人権や自由といった人類の普遍的な価値が、民族よりも軽んじられなければならないのだろうか。まずは統一が重要だから他の問題については蓋をしておこうという現政権の北朝鮮政策は、虚構の理念に埋没し、真性な価値から目をそらす悲劇的な現実を示しているものにほかならない。民族主義に執着する人々は、この世界が相変わらず国民国家というシステムの枠内で回っていることをその理由に挙げる。その指摘は間違いではないが、そうした勢力はすでにかなり衰退したし、また衰退しつつある。民族がアイデンティティを形作る属性としての機能をまだ有していることは認める。しかし、それが排他性を伴ったものである必要はない。・・・アイデンティティは・・・一度に一つずつしか着用できないものではない・・・。人間を構成する多様な属性のうち、民族アイデンティティは唯一のものでもなければ、他のものより圧倒的に優先されるべきものでもない。国家は国民に対し、一つの属性だけを強要するのではなく、国民の多様なアイデンティティを法的・制度的に保護する機能を負わなければならない。民族の有する文化は本質的なもので、その原型は維持されねばならないという主張もまた、時代錯誤なものだ。民族も、文化も、常に変化するものであり、新しく作られていくものだからだ。」

また、同紙日本語電子版は5月17日にも、駐韓英国大使の、「韓国では韓国企業と外国企業を差別する傾向が強いが、なぜそうしなければならないのだろうか。例えば一人のイギリス人企業家が、韓国で韓国人400人を雇用し、あらゆるビジネスを韓国で行ったとしたら、そうした企業を外国企業といえるだろうか。・・・イギリスでは法さえ守ればイギリス企業だろうが、フランス企業だろうが、ドイツ企業だろうが、国籍は重要でない。重要なのは雇用を創出し、株主に対する価値を向上させるなど、新しい企業価値を作ることだ・・・イギリス政府の公式な見解はないが、個人的には<北朝鮮の経済特区に韓国の製造企業が進出している>開城工業団地は南北協力につながるとみている。<しかし、>開城工業団地の賃金水準や実際に労働者をどの程度受け入れるのかなどについて、疑問を持つ人々も若干いる。開城工業団地に投資すると名乗り出た外国人は、まだいないと聞いている」という発言を掲載しました(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/17/20060517000011.html)。

これらの論考や記事は、朝鮮日報の社論の拠って立つ理念を開示したものであり、その格調の高さには脱帽させられます。

この理念から、総論的にはノムヒョン政権の内外政策批判、そして各論的には日韓関係の改善と北朝鮮宥和政策の転換、という社論が導き出されることは、上記論考と記事からも明らかです。(このほか、上記論考と記事が直接言及はしていませんが、米韓同盟の再強化という社論も導き出されます。)

これら社論に基づき、日々の紙面作りが行われていることを、5月17日付の、横田滋さん訪韓記事を通じて検証してみましょう。

2 理念・社論・記事

 横田滋さん訪韓については、16日付の朝鮮日報英語電子版ではトップ記事(http://english.chosun.com/w21data/html/news/200605/200605160015.html

の扱いではあるものの、その記事の内容は、横田滋さんと、横田めぐみさんの夫たる韓国人拉致者の家族(母親と姉)との16日の初会合の模様を客観的に紹介しており、日本の主要メディアの報道ぶりと大差ありませんが、同日付の日本語電子版では、トップ記事でこそありませんが、二つの興味深い記事を掲載しています。

 そのうちの一つの記事(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/17/20060517000018.html)では、「お母さん、めぐみと英男さんの出会いがあったから、かわいいヘギョンが生まれました。ヘギョンは素直で健康な、とてもよい子です。ヘギョンをこれまで育ててくれた英男さんに感謝し、お母さんにも感謝します」という横田滋さんの言葉を引用し、日本人で10歳ほど年下の嫁の父親は、礼儀正しく、思いやりのある人だった。」と形容してます。その上で、相手の母親の「「嫁のお父さんに会うというのはそんなに簡単なことではない。相手が外国人だからなおさらだ。だけどこうして実際に会ってみたら、とてつもなくいい人のようだった。安心した」と、ほほ笑みを浮かべながら崔さんは話した」という反応に触れています。

 朝鮮日報は、横田滋さんの人柄に焦点をあて、日本人に良い人が多いことを韓国の世論に訴えているのです。

 この姿勢は、前日付けの記事(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/16/20060516000017.html)でも一貫しています。

 横田滋(72)さんは、15日に韓国に到着し、父親が北朝鮮に拉致された崔祐英(チェ・ウヨン)拉致被害者家族協議会会長(36)が空港に出迎えたのですが、この記事は、「崔さんと滋さんの縁は1999年、崔さんが拉致問題を訴えるため、日本を訪問したときに始まった。」とした上で、「祐英に初めて会ったとき、娘のめぐみに会ったような気がしました。外見が似ているだけでなく、めぐみも北朝鮮で暮らしながら韓国語を覚えたはずですが、祐英も日本語が上手で、ちょうど私の娘と同じだと思ったのです。それから祐英を娘と呼び、祐英も私をお父さんと呼ぶようになりました。こうして健康に暮らしているのを見るたびに、とても嬉しく、めぐみもきっと元気にしているだろうと思うんです」。この日、滋さんは崔さんに赤いゴルフウェアをプレゼントした。「祐英は顔が白いから、日に焼けるのではないかと思って首まである上着を選びました。」 崔さんも滋さんにオレンジ色のネクタイを送った。「お父さんは『ブルーリボン運動』のためにいつも青いネクタイしかつけないんです。それで今回は少し華やかな色のネクタイはどうかと思って、オレンジ色を選びました。」」と続けました。

つまりここでも朝鮮日報は、横田さんの人柄に焦点をあて、日本人に良い人が多いことを韓国の世論に訴えており、併せて韓国の人々に対し、日韓友好を促しているのです。

 また、もう一つの記事(http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/17/20060517000027.html)では、「この日<会合の会場に>設置された放送用カメラは約30台。大半が日本の報道機関のものだった。テレビ朝日の・・・記者・・・は「日本ではメーンニュースで扱われるが、韓国ではテレビを見る限り拉致問題が短信扱いにとどまっているようで、意外だ」と話した。拉致問題に対する日本の政府やメディア、国民の関心は「全国民的」と言っても過言ではない。拉致被害者、横田めぐみさんの父である横田滋さん・・・の今回の訪韓でも、それははっきり見て取れた。15日午後、滋さんが到着した仁川空港には日本の外務省に所属する黒塗りのトヨタのミニバンが待機していた。・・・<そして、>日本政府の関係者や駐韓日本大使館の関係者23人が常に同行していた。今回の訪問には外務省と政府内の拉致担当部署である「拉致問題特命チーム」からそれぞれ一人が派遣されたと伝えられる。外務省と警察庁は 20029月に横田めぐみさんの行方をつかむため、スパイ映画顔負けの作業の末、・・・<韓国人拉致者の>金英男さんと<めぐみさんの夫の>キム・チョルチュンが同一人物であることを突き止めた。先月14日には日本の警察庁長官まで乗り出し、「金英男拉致事件に関与した工作員、金光賢(キム・グァンヒョン)を調査する」と発表した。金英男さんの生死確認すら怠ってきた韓国政府の態度とは非常に対照的だ。」と、韓国政府の怠慢及び韓国の世論の無関心を批判しています。