太田述正コラム#12822006.6.7

<東大法学部群像(その6)>

 ここでは、陰謀論そのものについての議論に深入りすることは控えますが、以前にも述べたように、いかなる政府部門に対しても民主的統制が貫徹していて、かつメディアの自由が担保されているアングロサクソン諸国・・その中には米国も当然含まれる・・において、政府が積極的な陰謀を行うことなどありえない、というより不可能なのです(注5)。

(注5)その反面、政府の最高権力者による消極的陰謀はありうる。例えば、ローズベルト大統領が、真珠湾攻撃情報を意図的に黙殺した、という可能性は否定できない。

特に米国に関しては、私の経験によれば、軍事に関する新たな対日政策でさえ、軍事機密に関わる部分を除き、米国内のシンクタンク等のレポートや米国政府の文書等を通じ、事前に検知できなかったことはない、と申し上げられます。

米国は、陰謀論が最もそぐわないお国柄なのです。

噴飯物なのは、原田が列挙する、日本が講じるべき対抗手段(259頁以下)です。

それがいかにひどいかは、彼が米国の奥の院として挙げた三つのうち、日本にももちろんある「閉鎖的ネットワーク力」以外の二つである「軍隊」(物理的パワー)と「情報機関」(諜報能力)の保持、を日本の対抗手段として挙げていない点です。

ご存じのとおり、日本に自衛隊はあっても軍隊はなく、情報機関に至っては、その萌芽すら日本は持っていません。

日本がこの二つを持たないで、米国の対日戦略に対抗しようなんて、蟷螂の斧もいいところです。

(3)コメント

 原田の東大法中退・外務省(注6)、という経歴に目を眩まされてはいけません。

 

 (6)外務省も他の中央官庁同様、キャリアに大卒資格を要求するようになっているので、今後は大学中退者は外務省キャリアにはいなくなるはずだ。

 東大法卒ですらせいぜい短大卒相当なのですから、東大法中退はもちろん短大卒相当です。

 原田の場合、外務省入省後、ドイツの大学(大学院?)に留学していますが、これは語学習得・錬磨を第一義的な目的として外務省キャリア全員が経験する留学であって、英語圏への留学でない以上、新しい語学を習得するのに手一杯で、学問の修得にまでは手が及ばないのが通例であり、原田もまたその例外ではなかったはずです。

 しかも、遺憾ながら外務省もまた、吉田ドクトリンに毒されてしまっており、キャリアの大部分は外交・安全保障という本来の仕事より、己の生涯所得の最大化の方により関心があります。

 著者が短大卒程度で、しかもその著者の勤務経験のある唯一の職場の環境が悪かったときているのですから、このような、洞察力ゼロで典拠なしのトンデモ本ができあがるのは決して不思議ではないのです。

4 終わりに

 村上と原田に対する私の評価が厳しすぎるかどうかは、皆さんのご判断にまかせます。

 しかし、一つだけ確かなことがあります。

 それはこの二人が、旧通産省(現経産省)キャリアや外務省キャリアの中で例外的にできの悪い連中では決してないということです。

 この二人は、何の因果か役所を飛び出したため、社会的評価に晒されることとなり、いかなる人物であるかが露呈した、というだけのことであって、例外ももちろんあるけれど、彼らのような人間がむしろキャリア官僚の典型だと思って差し支えない、ということです。

 どうしてキャリアがそんなことになったのでしょうか。

繰り返しを懼れず申し上げれば、二つ原因があります。

 一つは、米国の保護国たる戦後日本は、中央官庁が地方官庁並の仕事しかしておらず、中央官庁のキャリアは鍛錬の機会を十分与えられていないことです。(外務省と経産省の場合では、若干事情を異にするが立ち入らない。)

 二つは、中央官庁のキャリアの中心は法律職であり、その多くが東大法卒ですが、日本では法学部が高等教育機関の体をなしていないため、キャリアは一般教養も学問的素養も十分身につけないまま入省してきており、その後これらを身につける機会は意外に少ないということです。(これが、法科大学院制度の導入で抜本的に変わったのかどうか、つまびらかにしません。)

 日本の知識人像は、キャリア官僚像を範例として形成されてきた面があります。となれば、日本の論壇が不毛なのももっともです。

皆さん。お願いですからもう少し危機意識を持ってください。