太田述正コラム#1284(2006.6.8)
<英仏の大学制度の危機>
1 始めに
先進国では、どこでも、大学進学率の高まりに伴って大学の数や規模が巨大化してきており、様々な問題が生じてきています。
今回は、危機的状況にある英国とフランスのケースを取り上げてみましょう。
2 英国
英国では、1979年には大学進学率は12%でしたが、現在では45%に達しようとしており、英国の大学はほとんどが国の財政支出に依存しているため、大学生一人当たりに投じられる経費は減少の一途を辿っています。
その結果、大学教員一人当たりの平均給与水準は、米国の半分以下になってしまい、大学教員は続々と米国に逃げだしています。英国に残った大学教員達は、向こう三年間で23%の給与アップを求めて試験の採点拒否闘争を始めたところです。
もっとも、単に財政支出を増やせば問題が解決する、ということでもありません。
高等教育費の対GDP比は、米国が3%に対し、英国は1%にとどまっていますが、その最大の理由は、米国の大学の独自収入が英国よりもはるかに大きいところにあります。
ハーバード大学の財政基金は260億米ドルに達していますが、これは英国の全大学を合わせた額の約2倍にあたります。オックスフォードとケンブリッジという英国で最も豊かな大学でさえ、米国に持って行けば、15位程度に過ぎません。
もちろん、米国の大学の学費は高く、ハーバードでは年3万2,000米ドル以上もかかります。
しかし、その代わり、貧しい家庭の学生であれば、学費は免除されます。
他方、オックスフォードやケンブリッジの奨学金制度はインフレによって完全に形骸化してしまっているのです。
(以上、特に断っていない限りhttp://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-ferguson29may29,0,4221236,print.column?coll=la-news-comment-opinions(5月30日アクセス)による。)
3 フランス
フランスでは、大きな転機をもたらしたのは1968年から翌年にかけての学生蜂起・・この時も労働争議と連動・・でした。
このフランスでの学生蜂起に刺激されて起こった日本の同時期の大学紛争は、大学制度に何の変化をもたらしませんでしたが、フランスでは大きな変化がもたらされ、バカロレア(大学入学資格)試験に通った高卒者は、ほとんど学費ゼロで大学に全入できるようになったのです。ただし、原則として出身高校の最寄りの大学に入らなければならないことになっています。
しかしその結果、当然のことながら、学士の値打ちは暴落してしまいました。
現在では、学生一人当たり財政支出は年8,500米ドルであり、何と高校生一人当たり財政支出の6割、という有様です。
大学の現況は悲惨です。
独自の財政資金を持っている大学は皆無です。
大学教師の初任給は年2万米ドルであり、最上級の教授でさえ年7万5,000米ドル程度に過ぎません。彼らは教育を主任務としており、研究はつけたりといったところです。
では学生の方はどうか?
1968??69年の学生蜂起の時に中心となったパリ大学ナンテール分校を見てみましょう。
学生は3万2,000人もいますが、学生センターも本屋も学生新聞も新入生のためのオリエンテーションも就職相談部もありません。学生がたむろす場所もなければ、カードゲームをしたり、映画を見たりする場所もありません。48万冊の蔵書のある中央図書館は一日10時間しか開いておらず、日曜祝日には閉まり、この図書館の100台のコンピューターのうち、インターネットにつながっているのは30台だけです。キャンパスのカフェテリアは昼食時間が過ぎると閉まってしまいますし、試験になると部屋に入りきらない学生がよく出ます。午後遅くになると、キャンパスは空っぽになります。
ですから、カネのある学生は外国の大学に行ったり、国内ではビジネススクール等の専門職大学院を目指します。
この状況を変えようと政府が2003年に大学制度の自由化を図る改革案を打ち出したのですが、大学教員と学生は手を携えてこの改革案を葬ってしまいました。
ただし、フランスの高等教育は、大学だけではないことを忘れてはなりません。
それが、学生のわずか4%しか行けない特権的高等教育機関である、エナやポリテクニークといったグランゼコールです。
これらのグランゼコールとその予科だけで、フランスの高等教育予算の実に30%を使っており、グランゼコールと大学との間の格差は天文学的です。
もちろん大学の卒業生とは違って、これらのグランゼコールの卒業生は引く手あまたであり、肩で風を切って歩いているのです。
(以上、http://www.nytimes.com/2006/05/12/world/europe/12france.html?ei=5094&en=5d92df839d7bb621&hp=&ex=1147406400&partner=homepage&pagewanted=print(5月12日アクセス)による。)