太田述正コラム#1338(2006.7.9)
<戦後日本史の転換点に立って(その2)>
(私自身の宣言に反し、無料購読者に週6篇を超えるコラムを送付することになってしまいました。また、前回のコラムで有料購読者への送付漏れが生じた可能性があります。有料化に伴う試行錯誤であるとお許しを願います。また、有料講読申し込み先にミスプリがありました。ohta@ohtan.netです。)
(2)テポドン等発射に大騒ぎをしても拉致問題は解決しない
はっきりしていることは、日本人の大部分は拉致問題を「解決」したいと考えていることです(注5)。
(注5)拉致被害家族の気持ちは察するに余りあるが、日本人の拉致者総数をどんなに多く見積もっても何年にもわたって100名に達しないと考えられる・・しかもそのうち5名ないし6名は「生還」している・・ところ、日本の自殺者数は毎年3万人近いし、交通事故死者数だって毎年1万人近く、また、労災死亡者だけで毎年約1,500人、更に殺人事件の犠牲者だけで、減少してきているとはいえ、毎年約1,000人にのぼる(典拠省略)。つまり、自然死でない形で近親者を失った被害家族数と比較しても、あるいは、10万人にも達する行方不明者(典拠省略)の「被害」家族数と比較しても、拉致被害家族の数は無視しうるほど少ない。
また、日本は戦後、ソ連や中共等の共産主義国における数千万人のオーダーに登る人災による死者の発生に基本的に目をつぶってきたし、現在でも北朝鮮国内における恐るべき人権蹂躙状況に米国ほど批判の声を挙げていない。
だから私は日本で、この数年、拉致問題が、いささかバランスを欠いたプレイアップのされ方をしていると思っている。
しかし、テポドン等発射に大騒ぎをして、その結果幸いにも北朝鮮の核ミサイルの脅威が取り除かれたとしても、その見返りに北朝鮮の体制存続が保証されたりすれば、拉致問題の「解決」は全く不可能になってしまうでしょう。
拉致問題「解決」・・拉致に係るあらゆる事実の究明・・のためには、北朝鮮の体制変革が前提になるからです。
北朝鮮は、日本人を拉致したことを認め、遺憾の意を表し、しかも5人も送還したことで、拉致問題に関する手持ちカードをすべて切ったとする説(コラム#1253)がありますが、私もおおむね同感です。それでも満足せずになお拉致問題の「解決」に固執する日本は、北朝鮮の体制変革・・少なくとも金家の失権・・を意図していると北朝鮮は見ているでしょうし、客観的にもその通りだ、と私自身思います。
北朝鮮にしてみれば、日本の小泉政権は、(拉致問題の「解決」をも包含する形で)北朝鮮の人権問題を本格的に追及し始めた米国のブッシュ政権の走狗である、としか思えないことでしょう。
そうである以上、北朝鮮は、体制の最後の守り神である核ミサイル開発ないし保持を絶対にあきらめるわけにはいかないことになります。
このように考えてくると、核ミサイル問題の解決と拉致問題の「解決」は両立しないことが分かります。
それにしても、どうして北朝鮮はテポドン等発射のような、はでなパーフォーマンスをやらかしたのでしょうか。、
米国が、北朝鮮が偽米ドル札の製造・流通に関与しているとして、対北朝鮮金融制裁に踏み切ったからです。
北朝鮮は、それまでは見逃されてきたことがこの時期ににわかに制裁対象となったということは、米国が人権問題をてこにして北朝鮮の体制変革を行うという戦略をいよいよ本格的に実行に移し始めた、と受け止めたに相違ないのです。
結局、今回のテポドン等発射は、にっちもさっちも行かなくなった北朝鮮、より端的には金正日による、助けてくれ、という叫びであると同時に、体制維持を認めてくれ、という懇願でもある、と見るべきでしょう。
その叫びと懇願に対し、待っていたとばかりに、保護国である日本を正面に押し出しつつ、安保理決議の根回しに全力を傾けているのが米国です。ねらいは、いわずとしれた、米国による今後の北朝鮮に対する経済的軍事的制裁の国際的な法的お墨付きを得ることです。
米国の、北朝鮮の体制変革に向けての努力は着実に実を結びつつあるのです。
(続く)